プロペラ試験におけるキャビテーション制御技術

推進性能部 *工藤 達郎、 右近 良孝

 

1.はじめに

 近年の船舶の高速化・浅喫水化に伴い舶用プロペラのキャビテーション発生量がプロペラ性能変化を招く程度となってきている。更なる高速化を達成するためには正確に性能把握をする技術を確立する必要がある。高速船用プロペラの性能確認方法の一つとしてキャビテーション水槽における模型試験があるが、実船対応状態をシミュレートしたり理論計算の検証を行うためには、模型プロペラの流力的状態を把握した上で合理的にキャビテーションを制御しつつ模型試験を行うことが重要である。これは高効率かつ安全な高速船用プロペラを開発する上で不可欠である。

 舶用プロペラのキャビテーション試験では通常、実船の状態をシミュレートするために、相似模型を用いてプロペラ前進率Jおよびキャビテーション数σの2つの無次元値を実船と合わせることにより、それぞれ流れの幾何学的相似および蒸気圧と動圧の相似を満足させて実験を行う。これらを合わせることにより模型プロペラ上にキャビテーションの発生をシミュレートした状態でプロペラに働く力等を計測し、実船プロペラに働く力を推定したり、エロージョン予測や変動圧力予測を行う。

 しかし、試験条件によってはJおよびσを合わせても実船と模型とでキャビテーションの発生パターンが異なる場合がある。典型的には、実船ではシート・キャビテーションが発生する条件であるにもかかわらず、模型ではバブル・キャビテーション、ストリーク・キャビテーションなどになってしまいキャビテーション発生量が全体的に少なくなったり、全くキャビテーションが発生しなかったりする。そうなると翼面上の圧力は局部的に水蒸気圧よりも低い状態となり、スラスト係数やトルク係数が実船よりも大きくなる可能性がある。

 模型試験があくまでもシミュレーションに過ぎない以上、実船との食い違いの原因はいろいろ考えられるが、試験結果、特にキャビテーションの発生に影響を及ぼすと考えられるのは、レイノルズ数、水中気泡核分布、表面張力、翼面の親水性などである。これらの要因により、一般的に模型試験ではキャビテーションの発生量が少な目になる傾向があり、それを補正するために次のような手法が用いられてきた。

A.トリップ・ワイア法[1]

 翼表面の前縁近傍に細い線を張り付けて、そこからキャビテーションを発生させる方法。発生するキャビテーションが厚めになり、トルクが過大になる傾向がある。

B.前縁粗さ法[2]

 翼表面の前縁近傍に細かい炭素粒子等を糊付けし、そこからキャビテーションを発生させる方法。トリップ・ワイア法と同様にキャビテーションが厚め、トルクが過大になる傾向がある。

C.水素気泡法[3]

 水の電気分解による微小水素気泡を供給する方法。模型船とともに試験を行う場合にはこの手法により実船に近いキャビテーションのシミュレーションを行うことに成功しているが、プロペラ単独試験ではまだ例は多くない。

 本論文では、新しい手法として撥水性塗料を翼表面に塗布する方法を提案する。この手法は分子間力を小さくすることによりキャビテーションの発生を促し、また、水と翼面との接触角を大きくすることによりストリーク・キャビテーションを防止する効果を狙うものである。

 

2.供試模型等

2.1 供試模型

 既存の模型プロペラから、ストリーク・キャビテーションの発生が顕著であった3翼プロペラと4翼プロペラを1つずつ選び、これらを用いて試験を行った。

2.2 計測装置

 試験は船研大型キャビテーション水槽第一計測部(計測部直径750mm)で行った。力の計測には主動力計(K&R社製J26プロペラ動力計)を用いた。

2.3 撥水性塗料

 撥水性塗料としては、入手の容易さから車用の撥水剤を用いることとし、シリコン系窓用撥水性塗料、フッ素系窓用撥水性塗料、およびテフロン系車体用塗料の3種を用いた。

 

3.実験および結果

3.1 キャビテーション・パターン観測

 まず各種撥水性塗料の効果を確認するために、3翼プロペラの翼毎に異なる塗料を塗りキャビテーション試験を行った。

 まず、同じプロペラの3翼(A翼、B翼、C翼)に次のように塗料を塗り2回の比較試験を行った。

1回目
A翼:無塗装 B翼:シリコン系 C翼:フッ素系

2回目
A翼:無塗装 B翼:フッ素系 C翼:テフロン系

 1回目の試験ではフッ素系塗料が10分ほどの運転の後はがれて効果が無くなったが、これは後日塗布前の下地処理に問題があったことが判明したため、2回目の試験でフッ素系塗料を再度試験した。2回目の試験では塗装の保ちを調べるためにキャビテーション発生状況下での2.5時間の連続運転後の観測も行ったが差は生じず、十分な耐久性を持っていることが確認された。更に翼面上の位置を確認するためのマーキングを塗装の上から施した状態でも観測を行ったが、マーキングが悪影響を与えている事実は観測されなかった。

 以上のキャビテーション観測写真を比較して図1〜4に示す。計測条件はJ=1.546、σv=0.25である。無塗装の図1に比べて塗料を塗った翼のキャビテーションはいずれもストリークの本数が多く細かく分かれ、キャビテーションの発生量が増加している。ただし、図4のテフロン系塗料は他の塗料に比べて効果が弱い。

図−1 キャビテーションの発生状況
(σv=0.25、無塗装)

図−2 キャビテーションの発生状況
(σv=0.25、シリコン系撥水剤)

図−3 キャビテーションの発生状況
(σv=0.25、フッ素系撥水剤)

図−4 キャビテーションの発生状況
(σv=0.25、テフロン系塗料)

 図5および6にはσv=0.50における無塗装とフッ素系塗料の比較を示す。図5では翼後縁近傍のキャビテーションがまばらであるが、図6では実船でしばしば観測されるような泡状のキャビテーションが均一に発生している。これは前縁に発生している微細なキャビテーションの発生量の差によるものと考えられる。

図−5 キャビテーションの発生状況
(σv=0.50、無塗装)

図−6 キャビテーションの発生状況
(σv=0.50、フッ素系撥水剤)

3.2 プロペラ性能

 全翼に撥水性塗料を塗った時のプロペラ性能への影響を調べるため、4翼プロペラの全ての翼にシリコン系撥水性塗料を塗りキャビテーション試験を行った。無塗装および塗装状態のキャビテーション・パターンをそれぞれ図7および8に、プロペラ性能計測結果を図9に示す。

 無塗装の状態では図9に見られるように同じJ=0.916においてJを上げていった場合と下げてきた場合にスラスト係数として異なる2つの値が計測されるヒステリシスが存在した。図7の写真は高いスラスト係数を示した時のものであり、低いスラスト係数を示したときのキャビテーション発生量は図7と図8の中間であった。撥水性塗料を塗布した状態ではそのようなヒステリシスは見られず、安定したキャビテーションが図8のように多量に発生し、スラスト係数も低く、この状態が実船状態に最も近いと考えている。Jの高い非キャビテーション状態、およびJの低い十分にキャビテーションが発達した状態では塗料塗布の有無の影響は見られない。

図−7 キャビテーションの発生状況
(無塗装)

図−8 キャビテーションの発生状況
(シリコン系撥水剤) 

(a) スラスト

(b) 効率

図−9 プロペラ性能の比較

4.考察および結論

 3.1の実験結果から、撥水性塗料の塗布が模型によるキャビテーション試験においてキャビテーションの発生を促す効果があることが確認された。各塗料の特質として、

 (1) シリコン系塗料は塗膜が他に比べて厚く、プロペラ形状が変わるという欠点があるが、塗装し易く手軽に扱える。塗装面への油性インクによるマーキングには多少困難を伴う。

 (2) フッ素系塗料は塗布前の下地処理(脱脂等)を綿密に行う必要があるが、塗膜は非常に薄く塗装面へのマーキングにも問題が無く、キャビテーション試験に適している。

 (3) テフロン系塗料は丈夫ではあるが撥水性が他に比べて劣る。

などが挙げられる。今回使用した中ではフッ素系塗料が最も適していると判断される。より強い撥水性をもつ塗料や、撥水性を伴うメッキなどもあるので、より適した手法については研究の余地がある

 3.2の実験結果から、発生するキャビテーションが薄い場合や、トランスキャビテーション状態である場合には、キャビテーションの発生状況の差がプロペラ性能に直接影響を与えることがあり、正しく実船の性能予測を行うために、多量のキャビテーションを発生させ得る模型試験手法として、撥水性塗料を用いた手法が有効であることが確認された。

 

5.参考文献

[1]Yokoo, Koichi and Kitagawa, Hiromitsu: "Some Scale Effect Experiments on Propeller", Report of Transportation Technical Research Institute, No. 43, 1960

[2]Wills, C. B. and Ball, W. E.: "A Study into the Effect of Artificial Stimulation of the Boundary Layer on Model Propeller Cavitation Performance", ARE TR86303, 1986

[3]右近良孝、他:広幅浅喫水船に装備されたハイスキュー・プロペラのキャビティ・ボリュームにより誘起される船尾変動圧力、船舶技術研究所報告、第19巻第3号、1982