日本機械学会誌2005年4月特集号

「摩擦制御利用の技術」

 

 

流体摩擦の低減

児玉 良明

 

1.はじめに

航空機、自動車、船などが空気あるいは水の中を進むとき、摩擦のために物体は流体から抵抗を受け、それに打ち勝つため多くのエネルギーを消費する。また、血流が血管内壁面に発生させる過度の摩擦は、血管障害の原因になる。さらに、オリンピック競技に登場する水泳選手は、金メダルを目指して、流体摩擦を主要成分の一つとする流体抵抗と格闘する。このように人間の生活の様々な面で流体の摩擦が登場し、その低減のための努力がなされている。

流体摩擦は主に物体の壁面に沿って発達する壁乱流によって発生する。壁乱流は複雑な流体現象であり、その制御は非常に困難であるため、実用化された流体摩擦低減法は少ない。ここでは、先ず流体摩擦の発生メカニズムを説明し、次に流体摩擦の低減法を、実用化されたものあるいは実用化間近なものについて紹介する。

 

2.流体摩擦の発生メカニズム

レイノルズ応力

固体壁面に沿って流れがあるとき、壁に平行な面に働く力は次式で表される。

          (1)

図1 乱流によるレイノルズ応力の発生

 

右辺第1項は流体の粘性によって発生する分子粘性応力項であり、壁に平行な速度成分の垂直方向の勾配に比例し、分子粘性係数を比例定数とする。 ̄は時間平均を表す。右辺第2項は乱流によって発生し、レイノルズ応力と呼ばれ、流体の密度と、乱流によって発生する壁に平行方向の速度変動と垂直方向の速度変動の積の時間平均との積で表される。実用的な高レイノルズ数流れでは、レイノルズ応力が圧倒的に大きく、流体摩擦を低減させるためにはレイノルズ応力を低減させる必要がある。

1に示す流速分布をもつ流れでレイノルズ応力が正となることは容易に理解できる。すなわち流体の塊が上に移動()すると、周囲の流れよりも遅い()ので、が期待される。下に移動した場合も同様である。すなわちレイノルズ応力項は摩擦を増加させる。

乱流境界層の速度域

乱流境界層は、分子動粘性係数()と摩擦速度()の比で表されるウォールユニットを代表長さにとり、以下の3つの領域に分けられる。ただしは壁面せん断応力(摩擦)である。

粘性底層:      

バッファー域:                 (2)

乱流域:       

壁に最も近く非常に薄い粘性底層では、壁のために乱流が減衰して分子粘性応力項が卓越し、直線状の速度分布をもつ。境界層内の大部分を占める乱流域ではレイノルズ応力項が卓越し、対数型の速度分布をもつ。バッファー域は両者の中間域である。

壁乱流の準秩序構造

壁乱流は、図2(1)に示すように、準秩序的な構造をもつ。すなわちヘアピン状の縦渦が流れ方向に複数存在し、まとまってパケットと呼ばれる低速ストリークを構成する。低速ストリークの大きさをウォールユニットで表すと、直径は30、スパン方向の間隔は100、長さは1000以上(または2)であり、その高さはしばしば0.8に達する。ただしは速度が一様流の99%に達する境界層厚さである。ヘアピン渦の周囲では、イジェクションやスウィープと呼ばれる上向きや下向きのジェットが発生し、レイノルズ応力の発生原因となると共に、スウィープが当たる壁面では摩擦が増大する。従ってヘアピン渦を弱めるあるいはイジェクション・スウィープを抑えることができれば、摩擦は低減する。

2 壁乱流の構造(1)

 

3.様々な流体摩擦低減法

界面活性剤添加流れ

レイノルズ応力項が低減し摩擦が低減する流れの例として、流路内断面高さH=40mmの2次元チャンネルを流れる水に界面活性剤CTACを微量添加した結果を図3に示す(2)。平均流速は1.1m/sである。先ず、図3(a)に水だけの状態における、摩擦速度で無次元化された分子粘性応力とレイノルズ応力の分布を示す。縦軸は壁からチャンネル中心に向けた距離を表す。例えば(実距離y=1mm)の位置は=60であり、バッファー域の外端にほぼ相当する。白丸で表された分子粘性応力はバッファー域以内でのみ大きな値をとる。黒丸で示されたレイノルズ応力項は、逆に乱流域で卓越し、両者の和は理論値である直線にほぼ一致している。次に図3(b)の50ppm添加状態では、レイノルズ応力が殆どゼロに低減している。この低減は、個々の速度変動成分が小さくなったことよりも両者の相関が低下したことによる。界面活性剤分子は親水基と疎水基をもち、それらが結合してミセルと呼ばれる巨視的な細長いネットワーク構造を形成する。その結果、溶液は弾性を含む非ニュートン性をもつようになり、速度変動成分の相関を低下させる。なおこの状態で、レイノルズ応力の顕著な低減から予想されるように、約70%もの大きな摩擦低減が得られた。図3(c)に速度分布を示す。添加により壁近傍の速度勾配が大きく減少している。

 

 

(a)せん断応力分布(水のみ)    (b)せん断応力分布(添加状態)    (c)速度分布

3 界面活性剤実験(2)

 

界面活性剤のミセル構造は、ポンプなどを通過して破壊されても、その後再形成されるため、循環系での長期間の使用に適している。界面活性剤の地域冷暖房システムにおける利用が、ドイツ、スウェーデン、チェコ、デンマークなど主に北ヨーロッパにおいて、実際のシステムを用いた実証試験段階にあり、30%〜70%の抵抗低減効果が得られている(3)

 

ポリマー

流体摩擦の低減技術で最も実用化されているのが、石油のパイプライン輸送などに用いられているポリマーである。ポリマーは界面活性剤と同様な特性をもつが、機械的に破壊されたあと再構成されることはない。アラスカの原油パイプランは、北極海側のプルドー湾から太平洋側のバルディーズまでの全長1300kmにおいて、1977年に輸送を始め、現在は年間約200万バレルを輸送している。実際のパイプラインを用いた実験(4)において、直径1.22mのパイプ内を平均速度2.0m/secで流れる平均温度51℃、粘度10cStの原油にConoco CDRという添加剤を20ppm加え、170kmの距離間で30%近い摩擦抵抗低減を得た。その後も改良が重ねられ、現在では、従来は100ppmを要した抵抗低減が5ppmで可能になり、北海の直径90cmの原油パイプラインでは、80%の抵抗低減が達成されたと聞く(5)。原油以外の石油精製品にもポリマーが添加され、米国で消費されるガソリンの40%以上にポリマーが添加されている。なお、内燃機関の燃料としての性能に配慮して、添加濃度15ppmを上限としている。

 

 

 

リブレット

リブレット(6)は流れ方向に彫られた微細な溝であり、5〜10%程度の摩擦低減効果があることが知られている。航空機では約40〜50%が摩擦抵抗であり、ボーイング社とエアバス社はリブレットの実機試験を実施したが、未だ実用化されていない。リブレットの最適高さは、ウォールユニットで表すと程度であり、時速900kmで巡航する航空機の主翼の前縁から2mの位置に適用する場合、溝が0.02mmと非常に浅くなり、耐久性やメンテナンスが問題になるのではないかと筆者は推察する。

 
図4 リブレット

水着

2004年夏に開催されたアテネオリンピックでは、流体抵抗を低減すると言われる水着が多く見かけられた。ミズノ(7)によれば、抵抗を減らすため、(1)縫い目を水流に沿わせる、(2)凸部(胸や腰)に突起を設けて剥離を抑制する(形状抵抗を減らす)、(3)下半身にリブレット+ウロコ状の撥水プリント、の3つの工夫がなされ、回流水槽で、泳者の精密な実物大模型(ソフトマネキン)や実際のスイマーの抵抗を計測して優劣を判定した結果、男性で4%、女性で3%の抵抗低減を得たとある。泳ぐ人体まわりの流れは極めて複雑であり、圧力抵抗が主要成分と思われるので、(3)のリブレット効果よりも(2)の形状抵抗低減効果の方が大きいのではないか。また、レイノルズ数範囲から層流域も或る程度存在すると思われ、(1)の効果も意外と大きいかも知れない。

 

マイクロバブル

原油・鉄鉱石・穀物など人間の生活を支える基本物資を大量に輸送する大型船舶では、摩擦抵抗が全抵抗の約8割を占め、その低減が省エネルギーに直結する。そのような大型船舶に適した摩擦抵抗低減法として最近研究されているのがマイクロバブルである。マイクロバブルは空気泡を吹き出すだけの単純な装置であり、平らで広い船底をもつ上記の船舶に適用した場合、図5に示すように、船首近くで船底に気泡を注入すると、長い距離に亘って効率的に船底を覆い、高い摩擦低減効果が得られると期待される。

 


壁の近くに気泡があると摩擦が低減するメカニズムについては、主に2つの説がある。1つは密度効果説であり、レイノルズ応力項において密度が減少することによる。もう1つは乱流変調効果説であり、気泡の存在が壁乱流に影響を及ぼし、速度変動相関が低下するというものである。実際、壁乱流中を変形しながら流れる気泡の周囲で速度変動相関が低下するという結果が、光学的計測により得られている(8)

2001年9月には、長さ116mの練習船「青雲丸」を用いてマイクロバブルの実船実験が行われた(9)。図6(a)に船首側面に取り付けられた気泡発生装置を示す。この実験では、図6(b)に示すように、大型タンカーの巡航速度である14ノット(7m/s)において、気泡吹き出しによって船速増加と馬力低減が計測された。この効果は3%の抵抗低減に相当し、気泡吹き出しに必要な仕事を考慮しても正味2%の省エネ効果が得られた。また、吹き出し位置や吹き出し量を変更することにより、最大5.5%の抵抗低減が計測された。ただし、同時に、気泡がプロペラに流入すると性能低下を引き起こすことも明らかになった。

    (a)気泡発生装置          (b)気泡吹き出しによる船速増加と馬力低減

6 青雲丸のマイクロバブル実船実験(9)

 

なお、来年、筆者のグループによって新たな実船実験が予定されている。

 

4.おわりに

流体摩擦の低減は技術的に難易度が高く実用化されたものも少ないが、乱流現象の理解の進展、制御技術・計測技術の発達により、着実に実用化の可能性が高まっている。ポリマーの例が示すように、一旦実用化されると技術は急速に発達し普及する。長期的視点に立った開発戦略が望まれる。

最後に、界面活性剤、ポリマーの記述について、産業技術総合研究所エネルギー技術研究部門川口靖夫博士にご指導頂いた。

 

[参考文献]

(1)Adrian, R.J., Meinhart, C.D. and Tomkins, C.D., Vortex organization in the outer region of the turbulent boundary layer, JFM vol.422 (2000), 319-346.

 

(2)Kawaguchi, Y., Tawaraya, Y., Yabe, A., Hishida, K. and Maeda, M., Turbulent Transport Mechanism in a Drag Reducing Flow with Surfactant Additive Investigated by Two Component LDV, 8th Int. Symp. on Application of Laser Techniques to Fluid Mechanics (1996) 29.4.1-7.

 

(3)Burger, E.D., Munk, W.R. and Wahl, H.A , Flow increase in the trans Alaska pipeline through use of a polymeric drag-reducing additive, J. of Petroleum Technology, (Feb. 1982), 377-386.

 

(4)川口靖夫, 諸外国での抵抗減少応用研究の動向, 日本機械学会流体工学部門講演会講演論文集F1-3 (2001.10).

 

(5)Motier, J.F., Chou, L.C., Harris, J.R. and Kommareddi, N., Polymer Advances and the Dramatic Growth in Commercial Pipeline Drag Reduction, 12th European Drag Reduction Meeting (2002).

 

(6)Hoyt, J.W., Drag Reduction by Polymers and Surfactants, AIAA Progress an Astronautics and Aeronautics vol.123 (1990), 413-432.

 

(7)ミズノ競泳用水着ホームページ

http://www.mizuno.co.jp/speedo/products/fastskin_fs2.html

 

(8)Kitagawa, A., Hishida, K. and Kodama, Y., Two-phase Turbulence Structure in a Microbubble Channel Flow, 4th Symposium on Smart Control of Turbulence, (2004) 135-144.

 

(9)永松哲郎他、青雲丸を用いたマイクロバブルの摩擦抵抗低減実船実験−後編: 実船実験−, 日本造船学会論文集192号, (2002), 14-27.




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