船舶におけるバリアフリーの現状と今後の課題について

 

 

宮崎恵子、村山雅己(製品安全評価センター)

 

 

 


1.はじめに

 

 交通バリアフリー法の施行により、同技術基準に適合した旅客船が就航を始めて約1年が経過し、各地でバリアフリー船が見られるようになった。著者等は、研究機関の一員として、旅客船のバリアフリー化に関する研究に係わっていることから、バリアフリーに関して様々な意見を聞く機会も多い。そこで、著者等のこれまでの調査・研究で得られた知見を基に、バリアフリー船の現状と今後の課題について見解を含めて述べたい。

 最近ではバリアフリーの概念をさらに進めて、全ての人に使い易いデザインを提供するユニバーサルデザインという概念も使われ出しているが、特に船舶をはじめとする交通機関では、まだ、現在あるバリアを克服するという段階であり1)、交通バリアフリー法が基本となるので、ここでは、高齢者や身体障害者を対象とするバリアフリーについて論じる。

 本稿では、まず、交通バリアフリー法及び同技術基準の基本的考え方を紹介し、現在就航している同技術基準適合船の現状について、実船調査と電話による聞き取り調査を基に紹介する。さらに、今後の課題として、ワールドトレードセンターテロ事件時の身体障害者を含む避難からの教訓等を基に、非常時対応についての提案をおこなう。

 

2.交通バリアフリー法

2.1 交通バリアフリー法技術基準と対象船舶

 

 交通バリアフリー法(高齢者・身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律。以下、BF法という)は、急速に増加している高齢者と、身体障害者等が積極的に活動できる社会を目指し、これらの人々が自立した日常生活・社会生活を可能とする容易な移動を確保するための環境整備を目的として、2000年5月17日に公布された。そして、2002年5月15日以降に新たに一般旅客定期航路に供する総トン数5トン以上の船舶には、交通バリアフリー法技術基準(以下、BF基準という)が適用されることとなった2)。2003年3月31日現在、総トン数5トン以上の国内定期旅客船は1,116隻、その内、BF適合船は24隻である。少し前のデータであるが、2000年3月時点の対象船1,088隻の総トン数別隻数分布を図1に示す3)。横軸の表記で、5〜20は、総トン数5トン以上20トン未満を示す。

BF基準は既に造船学会誌にて紹介されている4)が、概要としては、旅客船ターミナル等を新たに建設する場合や、旅客船等を新たに導入する場合に、これらの旅客施設や車両等における移動円滑化のために必要となる構造及び設備に関する基準を示している。

 

図1 国内定期旅客船の総トン数別隻数分布

 

2.2 交通バリアフリー法の対象者

 

BF法では、「高齢者・身体障害者等」の対象を、日常生活又は社会生活に身体の機能上の制限を受ける高齢者、身体障害者(車いす使用者、肢体不自由者、視覚障害者、聴覚・言語障害者、内部障害者)、妊産婦、けが人としている。そして、BF基準の基本的な考えでは、原則、高齢者・身体障害者等が独力で船舶への乗降や船内移動をおこなえることを目標として、設備及び構造の基準を設定している。しかしながら、船舶特有の事由により全て独力による移動が困難な場合があることから、介助者又は職員による補助も含めて乗下船や船内移動を容易におこなえることを目標としている。BF基準の設定範囲の概要を表1に示す2)

BF法を必要とする高齢者・身体障害者は厚生労働省の調査5)からみても年々増加しているが、バリアフリー船を運航する運航会社への聞き取り調査においては、離島航路(生活航路)では、乗客の20%弱から半数ぐらいまで高齢者という回答があった。また、フェリーでも、若者の団体客と並んで高齢者の団体客もあるとの回答を得ている等、高齢者の船舶利用の増加は確実と考える。

 

 

表1 交通バリアフリー法技術基準の設備の概要

 

設備対象経路

 

通常時

非常時

乗下船における船外からバリアフリー客席まで

1つ以上の経路*  1人の介助者を前提

ソフト対応中心、表示装置・音声案内装置の設置

移動におけるバリアフリー客席からトイレ等客用施設

1つ以上の経路

船内のその他の場所

×

*フェリーは車両区域からも1以上の経路

 

3.現在就航しているバリアフリー船の現状

3.1 身体障害者等との大型バリアフリーフェリー実船調査

 

2002年10月24日(木)〜25日(金)、BF基準適合船(新日本海フェリー株式会社「らいらっく」:新潟〜小樽間に就航)に乗船し、現行基準での移動円滑化状況について実船調査を実施した。乗船者は、(独)海上技術安全研究所職員4人(内、聴覚障害30代男性1人)、車いす利用者1人(30代男性、普段から単独で行動)視覚障害者2人(夫婦、50代男性全盲、50代女性弱視、女性は普段から単独で行動、男性は単独行動をすることもある)である。

実船調査では、バリアフリー特等客室、バリアフリー一等客室に宿泊し、その他のバリアフリー二等客室をはじめとして船内をくまなく見学及び利用して、その使い勝手等を調べた。また、海務部職員等からの情報収集も実施した。

図2には視覚障害者が触知図を用いている様子、図3にはボーディングブリッジの内側、図4にはビデオシアターの車いす固定装置を示す。これは、車いす利用者単独では扱えないタイプであるので、参考のため、図5に電動で自らが着脱できる固定装置を示す。

以下に、調査結果の概要を示す。

・半年間(2002年5月〜10月)を昨年同期間と比較して、障害者1種の乗客は2割増え、単独行動者が大幅に増えた。

・各等級のバリアフリー客室、手すり、トイレ、スロープ、点字、照明等バリアフリー関連設備については充実しており、通常時の船内移動については、大きな支障はないとの評価を、同行障害者から得た。

・情報提示については、図2に示した触知図等、BF基準を満たしていたが、これらの情報があることを視覚障害者に気づかせる方策が必要である(表4参照)。聴覚障害者には案内所で注意事項を記した1枚紙を配布していた。

・避難については、旅客船の安全教本6)にあるのと同じ簡単な指示(障害者、高齢者、子ども、女性は最優先で避難)のみが本船でも実施されており、具体的な対策の作成までには至っていなかった。

 

テキスト ボックス: 



図2 触知図
テキスト ボックス: 
図3 乗下船用ボーディングブリッジ 手前が船


図4 車いす固定装置


図5 参考写真:車いす固定装置

 

3.2 バリアフリー船運航会社への聴き取り調査

 

2003年7月に、BF基準適合船舶を運航している会社9社に電話による聞き取り調査をおこなった。その結果の主なものを表2に示す。生活航路では、車いす利用者が全くないところと、毎週定期的に利用されているところがある。また、一度に利用する人数は1〜2人程度とのことであった。その他、車いすを使用しないまでもどうにか単独で行動できる徒歩の高齢者の乗客もいるとのことであった。

乗客の評判は概ね良く、バリアフリー設備の意義が認識されているが、利用者・運航者それぞれから要望、意見、矛盾点の指摘等があった。

これらに、非常時対応についての運航者の主な意見を併せて表3に示す。但し、本調査の航路では過去にも退船が必要な事態となったことはない。

 

表2 バリアフリー船運航者への調査結果の概要


番号

総トン数

(トン)

種別

航路

特徴

乗客の主な反応・評価

運行会社の意見(抜粋)

19

P

船内への階段を桟橋からの一体スロープで解決。

特になし。

メリット・デメリット特になし。

19

P

車いす利用者・高齢者を中心に評判良い。

定員は減ったが乗客に喜ばれ満足。デメリットは特にない。

19

F

乗下船は新機構のランプウェイ。

左記の新技術が不完全で困っている。

20以上100未満

H

乗下船装置・トイレ・通路は高齢者を中心に評価高い。

なじみの乗客なのでGPS表示・行き先案内への反応はあまりない。経路幅について意見あり。

100以上200未満

F

車両甲板にバリアフリー客席設置。

乗客には好評。

常連乗客だが台風情報・動揺情報等で電光掲示板を有効活用。

200以上700未満

F

車両甲板にバリアフリー客席設置。

車いす利用者・高齢者に喜ばれている。

乗客からの評価がメリット。車両甲板形状がいびつになり(図6参照)積込み時間贈・収容台数減。

700以上2000未満

F

快適と好評。高速船から乗客が移動。

定員減。設備のメンテナンス費用が心配。

5000以上10000未満

F

車いす利用者には概ね好評。細かい設備の注文あり。

今まで非常事態はないが、退船となったら難しい。

F

1フロアにバリアフリー設備集約。

身体障害者からの評判は芳しくない。

メリットはない。BF法が先走っているように感じる。

P:旅客船 F:フェリー H:高速船 生:生活航路 長:長距離フェリー

 


表3バリアフリー船運航者からのバリアフリー設備と非常時対応に関する個別意見と要望

項目

運航者からの意見・要望等








・1200mmのバリアフリー船内経路を確保できないので、バリアフリー優先席を本来設けたい位置と違う場所にせざるを得なかった。(図7参照)

・バリアフリー客席を車両甲板にするか上にするかは、島の人の意見を聞いて決めた。航行時間が短いこともあり、乗ってすぐ座れる車両甲板が良いとの意見が9割を占めたので、そのようにした。ただ、防火扉が重く、介助者又は船員が開かないといけない。

・大型船は全船バリアフリー化されているという先入観があり、バリアフリーでないというクレームがある。

・バリアフリー設備のためにトン数が大きくなってしまう。

・ターミナル等のインフラを整備しないと船だけではバリアフリー化とは言えない。しかし、ターミナルの改造は運航会社だけではできない。





・本調査の生活航路は全般に航行時間が20分前後と短く、行き先も視認でき、非常時の不安は感じないとの意見が多かった。

・海上への退船は、実際には難しいと回答している運航者もある。

・機関室内の自動消火装置設置や旅客区画の巡視により退船に至らないようにしている運航者もある。

 

聞き取り調査から、BF基準に沿えば通常時の行動には特段の支障がないことが窺える。しかしながら、大型船では、BF基準以上の身体障害者対策がおこなわれることを利用者から期待され、不足していると誤解されている等の面と、小型船では、BF基準を満たすが故に顧客満足への融通が利かなくなっている面があること等が見受けられる。

小型船における、設備の融通についての例としては、図7に示したように、本来ならば、乗降口に近い場所にバリアフリー優先席を設けたかったが、船内移動経路幅1200mmを確保できないので、同席をバリアフリートイレの前である奥の位置に設置せざるをえなかった。この場合、同席までは乗下船経路となるので、幅900mmですむ、といったことである。

運航者の声には厳しいものも多いが、根底にあるのは顧客満足を追求する姿である。一方、基準を作る側には、基準をきちんと整備し、それに沿って最低限を確保したいという意図がある。しかし運航者は、顧客満足のためには、航路毎の事情に添える柔軟さを求める声がある。両者の要求に対応するためには、矛盾点・問題点等を含む事例を詳細に検討する必要がある。

聞き取りにおけるその他の細かいこととして、バリアフリー浴室のシャワーヘッドの位置やバリアフリー優先席の窓の高さ(景観確保)、点字案内の増設等の配慮を望む乗客の感想があった。

また、船舶に限らず陸上交通においても障害者と介助者1人の運賃は半額となっているが、その分は国から補助が出ているわけではなく運航者が負担している。

 

 

 

3.3 情報提供に関する要点

 

複数の現在航行しているBF基準適合船を調査した結果、利用者側にとって、移動に関する設備については特段の問題はないと考える。但し、情報提供については少し述べておきたいので、実船調査等から得られた要点を表4に示す。

 

表4 情報提供の要点

要件

説明

ターミナルから本船の情報提供をする。

事前の情報提供が重要である。特に視覚障害者には、船内に触知図、点字案内等の情報提示があることを前もって知らせることが、設備の有効利用につながる。

大まかな情報から詳細な情報へ流れを示す。

乗降口・エントランスホールでは本船に関しての大まかな情報を提供し、各フロアや客室区画入り口と進むにつれて詳細な情報を提供することが、理解を助ける。

手すり等の点字の情報は省略はしない。

点字では情報を省略して提示されることが多いが、案内の文字表示されている情報を省略せずに点字でも提示することが必要である。

ハードウェアは陸上施設等との整合性をとる。

音声システム等ハードウェアに関しては、特に陸上施設等との整合性が必要なところであり、盛んに研究開発されているので、それらと合わせることが重要である。

 

4.バリアフリー船の今後の課題−非常時対応

 

著者等は上記の調査を通して、高齢者・身体障害者等に対応できる非常時対策が殆ど実施されていないこと、しかし、重要であるとの認識を持った。そこで、バリアフリー船の今後の課題として非常時対応について検討する。まず、身体障害者が避難した実例として貴重なデータとなった米国ワールドトレードセンターテロ事件の避難概要について、船舶での対応状況と共に紹介する。これに加え、著者等が参加した船舶の非常時対応に関する検討会及びこれまでの調査で得られた知見を基に、船舶での高齢者・身体障害者等の非常時対応について述べる。

 

4.1 米国ワールドトレードセンターテロ事件からの教訓

 

2001年9月11日、米国ニューヨーク市のワールドトレードセンター(以下、WTCという)でのテロによる2機の航空機突撃からビルの崩壊に至った大惨事において、避難した人々からの証言を基に、避難行動に関してまとめた結果が、避難行動に関する報告会7)において報告された。避難者は3つの階段を使用して避難しており、その幅は、111cmが2つ、142cmが1つであった。そして、この中には、身体障害者の避難についての報告もある。WTCで実際に起こった事項とその補足、及び、各事項における船舶での対応状況を比較したものを表5に示す。

表5からもわかるように、船舶においては、基本として、船員により既に整っている体制がある。例えば、現在もおこなわれている船員が担当部署を最終確認してまわることは、障害者にたいへん安心感を与えている。既にある体制を有効に活かしながら、設備等のハード面と船員によるソフト面の対策を充実させることが重要と考える。特に、高齢者・身体障害者等への支援では、ハードとソフトが相互にバックアップできるようになっていることが重要である。

船舶においては、下方向だけでなく上方向もあることから、高齢者・身体障害者等の避難は、陸上建築物とは違う困難さがあると想定される。

 

表5 WTCで起こった避難に関する事項と船舶での対応状況

WTCで起こった事項

補足説明

船舶での対応状況

早期避難が救命の明暗を分けた。

避難時間のうち、避難開始時間が大半を占める。早期避難開始とそのきっかけが重要。

避難開始のきっかけは、自分で異変を感じることと、(強制力のある人からの)指示が有効だった。

避難を始めるきっかけが重要。指示としては、放送と責任者から促されることが効果ある。

船長から船内放送により避難開始は指示される。非常部署配置でも担当者が確保されている。

明かり・表示・放送設備の確保がなされ、今回役にたった*。

避難途中での判断をサポートするためにも、避難者に情報をきちんと与えることが重要。

船舶設備規定・BF基準で規定されている。

1フロアに1人の防火責任者が今回役に立った*。

そのフロアの避難を責任もってやることになっている。

非常部署配置で確保できている。

 

消防・警察・市職員の全員出動がかけられたが、何をするか決まっていずかえって混乱した。

非常部署配置が決められている。

通信手段が足りなかった。最上階にあったリピータが破壊され、通信手段が途絶えてしまった。

トランシーバ等使用。船長に情報を集約する体制。スプリンクラー等の稼動を示すシステムもある。

消防隊の現場司令者の状況把握が不十分だった。警察はヘリコプターで状況把握できていた。

司令者は状況の的確な判断必要。両者の差が、それぞれの犠牲者数の差に出たとも言われている。

船長が全情報を把握するようになっており、体制としてはある。

避難訓練は役に立った。新規入居の2年までは3カ月に1度、それ以降は半年に1度実施。

WTCでは、そのフロアの非常階段の位置確認だけで、実際に階段を下りるわけではないが、役立った。

船員の訓練が義務付けられている。

避難者が階段で避難する際、消火やスプリンクラーの水により足元が悪かった。

設備にも影響が出る。避難対策では、足場や設備への悪化の状況まで考慮することが必要。

階段では一列で避難し、横を急患の人や消防隊の人が通った。

船員による誘導・指示がある。

避難中、パニックはなく、整然と静寂の中を避難した。

船員は乗客を落ち着かせるよう指示されている。

救助隊が来るものと思い、避難せずその場で待ってしまい避難が遅れてしまった例があった。

一般的に、人は救助隊が来るものと思っている。

船長からの避難開始指示や担当船員による誘導がある。

肢体不自由者は、evacuation chairという避難器具を同僚等が使うことにより、避難に成功した例と、避難途中にビルが崩壊し、避難失敗した例があった。

Evacuation chairは簡易型避難用車いす。介助者1人で操作でき、階段を降りることができる。WTCには、100台用意されていた。

聴覚障害者は、周りの人が教えてくれて事態がわかった。

避難を開始後、避難速度等移動行動は健常者と変わらなかった。

BF基準の情報提供設備は、聴覚障害者への非常時発生が報知できることが望ましいとされている。

視覚障害者は異変を感じたが何が起こったかわからなかった。階段での避難では、避難速度が遅く後ろから何度もぶつかられた。

普段から定期的に避難訓練をしていたので、避難経路はわかっていた。エレベータでなく階段を使用することになっていてそうした。

船員の誘導や周りの旅客の支援があれば避難可能。単独の場合に、船員ではなく、周りの乗客から支援を受けることに抵抗は感じない**。

*1993年のWTCのテロ事件での課題を克服するため設置されたもの

**視覚障害者自身からの意見で、乗船時に確認してもらえれば抵抗感はない。

 

4.2 身体障害者の非常時対応についての提言

 

船舶のバリアフリーについては、様々なところで検討されているが、非常時については特に不備があるとして、改善についての提言が出されている。例えば、設計の専門家から高齢者・身体障害者等の集合場所までの移動の確保、生存艇乗り込み装置等の不足の指摘がある8)。また、車いす利用者の有数の団体である(社)全国脊椎損傷者連合会の報告書9)でも、基本的にはBF基準に適合すれば、通常時の利用上問題はないが、車いす利用者等に対応できる緊急時を想定した旅客船の設備要件の規定をするよう提言している。

我国においては、フェリー・旅客船から、生存艇を用いて海上に避難した事故例は少なく、安全な運航がなされている。しかしながら、BF法により、今後多くの高齢者・身体障害者等がフェリー・旅客船を利用することが想定されることから、乗客に安心を提供するためにも適切な避難設備、避難計画をバリアフリー船は備える必要があると考える。その際最も考慮すべき乗客は、避難の開始時は聴覚障害者、集合場所までの移動及び退船は車いす利用者をはじめとする肢体不自由者、海上では体力弱者である高齢者である。視覚障害者は、設備のある場所や使い方をいかに認知してもらうかが重要である。

以上の検討より、筆者等は次のことを提言したい。

 

○第一に、避難時における高齢者・身体障害者等のための避難手順、乗員配置等、想定される非常事態及び避難シナリオを基にした船員が使用する避難マニュアルの整備。

○第二として、垂直移動のためのハードの検討。特に車いす利用者にとって垂直移動は困難である。現在は想定上禁止されているエレベータの避難時使用の検討及び垂直移動に関する装置の開発等が必要である。

○第三として、高齢者・身体障害者等の実際の移動実験を含む、生存艇への乗り込み装置の使用等各種救命設備の利用確認と、現在は想定されていない高齢者・身体障害者等の海上避難、個人用浮器、救助船による回収装置等の検討。

 

舶用エレベータ製造メーカ1社への問い合わせでは、エレベータの動揺条件は、計算上はローリング15度、ピッチング10度まで運転可能との回答であった。防火・防煙・防水・閉じこめ・非常用電源、費用等、解決すべき課題はあるが、陸上建築物の分野でもエレベータによる避難について本格的な検討が始まっており((社)日本建築学会の特別研究委員会*及び安全計画小委員会、国土交通省と消防庁による検討委員会**)、非常事態の種類によっては、十分現実的なことであると考える。

 

5.まとめ

 

高齢者・身体障害者等の利便性・安全性を確保するバリアフリー船の現状と今後の課題について、いくつかの調査結果を基に意見を述べさせていただいた。動揺下での車いす利用者・高齢者等の行動特性の解明、扉の開閉、情報提供等今後も改善を要するものや、乗客からの細かい個別の要望はあるが、現行のBF基準で通常時の利用には特段の支障はない。しかし、より柔軟にバリアフリー化を進めるためには、身体障害者等がいわゆる健常者と同じ安全性を確保するという理念に立脚しつつ、運航者からの指摘事項を含んだ事例を詳細に検討する必要がある。

今後の課題としては、非常時対応の充実であると考え、まず取り組むべきこととして次の2点を挙げる。

@高齢者・身体障害者等を対象にした船員が使用する避難マニュアルの作成

A避難時のエレベータ使用の検討

 

最後に、船舶の非常時対応に関する検討会参加者である車いす利用者からの意見を紹介する。「我々は特別視されることを望まない。避難においても健常者と同じリスクを持つべきである。」この言葉を真摯に受け止めたい。

 

謝 辞

移動制約者の救命設備に関する検討会に参加いただいた(社)全国脊椎損傷者連合会妻屋理事長、(社)日本旅客船協会神山工務相談室長、運輸施設整備事業団田村技術部次長、金子旅客船課長、日本救命具株式会社技術部小川技師、藤倉ゴム工業株式会社設計課小山主任に感謝いたします。

また、調査にご協力くださいました新日本海フェリー株式会社、四国汽船株式会社、本島汽船株式会社、山陽商船株式会社、鷹島汽船有限会社、芸備商船株式会社、甑島商船株式会社並びに各運航会社の関係者の皆様、アイメックス株式会社、株式会社アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド、三菱重工業株式会社の関係者の皆様、運輸施設整備事業団齋藤旅客船課長代理、(財)日本海事協会船体部旗手技師、海上技術安全研究所海上安全領域太田危険物輸送・防災研究グループ長に感謝いたします。

 

参考文献

1) 鈴木浩明:バリアフリー時代の心理・福祉工学、ナカニシヤ出版、2003.3.1

2) 運輸省海上技術安全局安全基準課監修:旅客船バリアフリー〜設計マニュアル、交通エコロジー・モビリティ財団、2000.12

3) 宮崎恵子:研究サイドからの提言、日本航海学会海洋工学研究会・日本造船学会造船設計技術研究委員会合同シンポジウム旅客船におけるバリアフリー、2001.5.23

4) 大橋将太:旅客船のバリアフリー化について、日本造船学会誌856号、2000.10

5) 身体障害児・者実態調査結果の概要(平成13年6月1日調査)

http://www.jil.go.jp/kisya/index_3sye.html

厚生白書(平成12年版)新たな高齢者像を求めて−21世紀の高齢社会を迎えるにあたって−

http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/mhw/

6) 運輸省海上技術安全局船員部労働基準課(当時)監修:旅客船の安全教本、(社)日本旅客船協会・(社)日本外航客船協会、1997.1

7) (社)日本火災学会火災時の避難行動専門委員会:ワールドトレードセンターテロ事件時の避難行動に関する報告会、2003.3.10

8) 寶田直之助:バリアフリーとは、日本航海学会海洋工学研究会・日本造船学会造船設計技術研究委員会合同シンポジウム旅客船におけるバリアフリー、2001.5.23

9) (社)全国脊椎損傷者連合会:旅客船および旅客船ターミナルにおけるバリアフリーに関する調査研究報告書、(財)三井住友海上福祉財団平成13年度研究助成事業、2003.2.1

 


*エレベータを利用した避難計画手法研究開発委員会

**エレベータの避難時利用に関する検討委員会




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