実海域での推進性能

 

 

辻本 勝

 


1 はじめに

船舶は実際の航海で遭遇する海象の中で効率良く運航することが望まれ、そういった船舶の提供が望まれる。良く知られているように、航海中の船速は新造時の波や風の無い状態での性能に比べ低下する。実海域での推進性能を向上させるためには、主要因、仕組みを定性的に理解し、その影響を定量的に推定することが重要である。図1は実海域における船速低下概念図1)である。これまで船舶の速力性能は、海上試運転時の速力のみが保証され、10年20年と実海域を運航することの問題には積極的に関与してこなかった。今後は輸送機関としての船舶の価値を高めるために、長期に亘る船舶性能を評価していく必要がある。

 

図1 実海域における船速低下概念図1)

 

2 実海域での船速低下の要因

実海域で船速を低下させる要因は大別して次の3つである。

(1)経年劣化:船体外板の粗度増加による抵抗の増加、主機、プロペラ等の劣化による推進力の低下であり、基本的には回復することはない。この影響は10年で0.3〜0.5ノット程度2)のようである。

(2)生物汚損:船体外板にスライムと呼ばれる細菌分泌物の皮膜が生じ、その上に海洋生物が順次付着することにより生じる。船舶が航走中であっても一部の海洋生物は付着するが、入渠時に船体外板を洗浄することにより回復する。なお、現在では自己研磨型塗料(SPC)の普及によりその影響は小さくなり、2年で0.4ノット程度2)のようである。

(3)季節影響:海流・潮流による船速の変化や、波、風、操船等による抵抗の変化、推進性能の変化により生じる。この中には荒天中で意識的に減速する影響も含む。なお、海流の流速・流向の推定は、日本近海等一部を除き、統計データによるものしかなく、漂流ブイや人工衛星データ等による有効な推定法の開発が望まれる。

 

3 外力等の推定

季節影響を定量的に把握するために必要となる波、風による外力等の推定は、実験による推定の外、解析的に以下のようにして行われる。

波浪中でのプロペラ推力の推定に必要となるプロペラ単独特性は、プロペラ没水度が十分あれば、その時間平均的な挙動は平水中と同じとすることができる。

波浪中では自航要素は平水中と異なることが知られている。船体運動が激しい状況で伴流係数は増加する傾向があり、推力減少係数はプロペラ荷重度に依存し、一概に言えないが、プロペラ単独効率比は波浪中でも平水中とあまり大きな差はない。ただし、実験的な検討も多くはなく、周波数応答等の定量的な推定は現状では困難である。自航要素の推定にあたっては、平水中と波浪中との差が船速低下の推定に与える影響は小さいとして、平水中の値を用いる。今後、波浪中推進性能を精密化するためには理論的に詳細な研究が必要となる。図2は練習船模型の正面向波規則波中で伴流計測を行った結果である。

図2 波浪中伴流係数の計測例3)

 

波浪中抵抗増加の推定は、船体運動による抵抗増加量と反射波による抵抗増加量に分けて行われる。船体運動による抵抗増加量は丸尾法、反射波による抵抗増加は藤井・高橋法、Faltinsen法が良く用いられている。

風圧抵抗の推定は、投影面積法により推定されている。代表的なものにIsherwood法、山野・齋藤法、藤原・上野・二村法がある。投影面積法では形状の3次元性を考慮できないため、将来はCFDにより推定することになるであろう。

操縦性流体力の推定は、主要目を用いた貴島法等により推定することができる。

以上は線形理論の範囲での推定法であるが、大波高時には、水面上の船体形状や波の非線形性を考慮した不規則波中での評価が必要となる。

 

4 船速等の推定

実海域での船速低下の推定では、模型船スケールと実船スケールとの間に尺度影響があり4)、主機特性を相似にすることができないため、模型実験による実船での船速低下量の推定は困難である。

そのため、以下の物理モデルによる推定が行われる。

外力等の推定が行われた後、前後方向、左右方向、回頭方向、軸トルクについて釣り合い方程式をたてることにより、時間平均的な挙動を推定することができる。

例えば以下の釣り合い方程式をたてる5)

              (1)

                          (2)

                       (3)

                                   (4)

 :プロペラ推力, :平水中抵抗,

 :波力・モーメント,

 :風圧力・モーメント,

 :舵力・モーメント,

 

:操縦性流体力・モーメント,

 :主機トルク, プロペラトルク,

 :主機の燃料消費量.

これに主機の作動特性を考慮して連立方程式を解くことにより、船速、舵角、偏角、プロペラ回転数、燃料消費量を求めることができる。

または、前後方向の力の釣り合いと、軸トルクの釣り合い方程式から、波浪中船速低下量、主機回転数変動量、主機トルク変動量、推力増加量、主機出力変動量の推定式が導かれる6)

     (5)

                        (6)

                              (7)

           (8)

            (9)

:プロペラへの流入速度, :主機回転数,

:計画船速, :計画状態のプロペラ回転数,

:計画状態のプロペラトルク, :ギア比.

 

規則波中での模型実験との比較も行われており、一致はよい(図3)。また、外力を短波頂不規則波中の値とすることで、短期海象での船速低下量の推定が行われる。なお、(5)式は、外力として波浪中抵抗増加を考慮しているが、この項に風圧抵抗を加えれば、波と風の影響を考慮することができる。

図3 正面向波規則波中での船速低下量等の実験と計算との比較6)

次に、荒天中では運航の安全性の観点から 踟躊 ( ちちゅう ) (heave to)等の操船を行う。この意識的減速量の推定は、耐航性能評価基準を用いて行われる7)。すなわち、上下加速度や海水打ち込み等、評価する事象を定め、その閾値(限界値)とその値を超える確率(限界確率)により、航行の可否を求める。限界値を超える確率が限界確率を超える場合は、意識的減速を行うものとして、限界確率となるまで船速を低下させる。

耐航性能評価基準はこれまで多種提案されてきており、日本造船学会・運動性能研究委員会第11回シンポジウムにまとめられている。

 

5 実海域推進性能の評価方法

船舶の性能は、時間と空間の関数で評価される。すなわち、ある航路をある年数航行するときの評価が行われ、その性能を向上させるために適切な船型、要目が選ばれることになる。

長期に亘る速力性能を評価する場合、航海で遭遇する風、波を発現頻度として確率的に取り扱うため、船速の表現も確率密度関数での表現となる。

船速低下の確率密度関数は、船速低下を生じる主な要因が、経年劣化、生物汚損、波、風、海流とし、それぞれが独立とすると、

       (10)

            (11)

* :畳み込み積分演算子、

:経年劣化による船速低下量、確率密度関数、

:生物汚損による船速低下量、確率密度関数、

:波による船速低下量、確率密度関数、

:風による船速低下量、確率密度関数、

:海流による船速低下量、確率密度関数、

として求めることができる。図4はコンテナ船が北太平洋航路(PSW)を10年間航行した場合に推定される船速低下の確率密度関数である8)

確率密度関数は、頻度分布の面積を1にしたものであるので、航海実績から船速の確率密度関数を容易に求めることもできる。

図4 実海域における船速低下確率密度関数8)

また、船速と燃料消費量、主機出力との関係より、これらの確率密度関数を理論的に推定することも可能である9)

一方、理論推定や航海実績から求められた船速の確率密度関数から、長期間に亘る速力性能の評価法の提案9)も行われている。

確率密度関数を、評価関数とすると、評価値

                         (12)

と表現される。どの様な評価関数を設定するかということは今後十分議論されるべきであるが、例えば、評価関数に指数関数を選ぶと、評価値は、確率密度関数の積率母関数により

                    (13)

と表現される。

確率密度関数に図4の船速確率密度関数を用い、(13)式で減衰の強さとし、点数方式に換算して評価した結果が図5である。定量的に評価することで、例えば20年で56[score]となっている値を60[score]にするためにどの様な方策がとれるかという検討が可能となる。

図5船速の評価値9)

 

6 実海域推進性能の応用

実海域中の推進性能に関連し、計画時に考慮される事項にシーマージンが挙げられる。シーマージンとは新造で船底清浄時に平水中で必要な出力に対し、実海域では何%の出力余裕を見込めば良いかの数値であり、従来は実海域という対象が複雑であるため、経験的な値を用いてきた。

しかし、実海域中での推進性能を解析的に考慮することにより、実海域性能を考慮したプロペラ・主機の決定法10)、波浪中抵抗増加量の長期分布を元に荒天海象の設定を行う方法11)、実海域における馬力の短期予測値を元にシーマージンの設定を行う方法12)が提案されており、理論的な検討が可能となってきている。


 図6は、肥大船がブルネイ航路を航行した場合の波浪中抵抗増加量の長期予測結果11)であり、所要船速を確保するために必要なシーマージンの合理的な設定を行うことができる。図7は、コンテナ船が北太平洋航路(PSW)を10年間航行した場合の実海域における船速維持率とシーマージンの関係である。いずれの場合も、航路と年数を指定して評価を行うことになる。

図6 波浪中抵抗増加量の長期予測結果11)

図7 実海域における船速維持率とシーマージンの関係1)

 

また、実海域では船速が低下するが、船速の確率密度関数が分かれば、それを用いて船体応答長期予測を行う13)ことにより、合理的に耐航性能や荷重の推定を行うことが可能となる。

運航面に関しても、実海域推進性能の応用が検討されている。

海象状況を考慮して最適航路を提供するウェザールーティングサービスが気象会社により行われている。しかし、現状のサービスで提供される推奨航路は最短時間航路である。一方、燃料消費量削減の観点からは、なるべく低出力で航海できる航路及び主機回転数の設定が望ましいが、このような航法の提供は行われていない。また、燃料消費量を削減することはCO2排出量削減と同等であり、環境負荷低減の観点からも運航経済性の高い運航方法が望まれる。

運航経済性の観点から、実海域中での船速推定値と波浪発現頻度表を用いて、航海時間一定の制約の下で経済船速を求め、主機定格等の及ぼす影響が検討されている14)。また、次世代型帆装船(バルクキャリア)を対象に、定時到着を確保しつつ、燃料消費量が最小となる航法(航路及び主機回転数の設定:次世代型ウェザールーティング)を求めることが行われている15)。図8はこの次世代型ウェザールーティングを適用した例で、2002年4月4日12UTCを航海開始時刻としたとき、波浪推算値を元に東京−サンフランシスコ航路で選定された航路である。航路及び主機回転数の最適化を行った結果、燃料消費量の削減効果は、帆装効果と次世代型ウェザールーティングの効果とを合わせて17.4%と推定されており、非常に効果が高いことが分かる。

図8 次世代型ウェザールーティングによる最小燃料消費量航路の例15)

 

欧州でも2001年からEUプロジェクト(SEAROUTES, DSS_DC)が実施されている。これらでは、ウェザールーティング手法の高度化を行い、船上での航行支援システムを構築しようというものであり、燃料消費量、CO2排出量を最小にする航路を選定する機能、荒天下での安全性を考慮した航路を選定する機能を持ち、安全かつ効率的な運航を支援するものである。

気象・海象の予測精度が向上し、それを元に航海支援システムを構築する段階にあると言えよう。

 

7 おわりに

実海域推進性能の推定法と適用例を簡単に紹介したが、実際に航海している状況での経済性を向上させることを目的とするだけでなく、長期予測、航海支援システムへの適用にとっても重要である。

これまで、実海域推進性能は運航経済性の面から議論されてきたが、今後は、安全性、環境負荷低減の観点からも実海域推進性能の適用を図っていくことが考えられる。

今後、実海域推進性能の評価法についての議論が高まり、「使って良い船」を提供する気運が高まることを期待し、本稿のまとめとしたい。

なお、外力等の推定法は、実用的に使われているものであり、詳細な解説がこれまでの日本造船学会・運動性能研究委員会シンポジウムで行われていることから文献名は省略させていただいた。


 

参考文献

1) 内藤 林: 実海域船舶性能評価法の現状について, 日本造船学会・試験水槽委員会シンポジウム, 2003, pp.1-9.

2) 松原 知之: 就航実績から見た船の推進性能, 日本造船学会・推進性能研究委員会シンポジウム, 第6回, 1995, pp.1-29.

3) 塚田 吉明, 日夏 宗彦, 長谷川 純: 波浪中における非定常船尾伴流の計測, 関西造船協会誌, 第228号, 1997, pp.15-20.

4) 内藤 林: 船速低下の尺度影響, TECHNO MARINE, No.801, 1996, pp8-10.

5) 内藤 林、高岸 憲璽: 実海域を航行する大型船の推進性能に関する研究-時間平均的な挙動について-,関西造船協会誌, 第229号, 1998, pp.57-68.

6) 内藤 林, 中村 彰一: 波浪中における船速低下及び推進性能について, 関西造船協会誌, 第166号, 1977, pp.25-34.

7) 雁野 昌明, 高木 又男, 細田 龍介, 島崎 春子: 理論的限界速度を用いた最適航路計算, 関西造船協会誌, 第147号, 1973, pp.75-82.

8) 辻本 勝, 内藤 林: 実海域における船速に関する研究-船速の確率密度関数-, 関西造船協会誌, 第228号, 1998, pp.129-136.

9) 辻本 勝, 内藤 林: 実海域における船舶の性能評価に関する研究-船速, 燃料消費量, 主機馬力について-, 関西造船協会誌, 第229号, 1998, pp.69-78.

10) 宮本 雅史: 限界速力による主機およびプロペラの決定について, 日本造船学会誌, 第574号, 1977, pp.1-12

11) 平山 次清, 崔 龍虎: 荒天海象の設定に関する一考察-就航時性能保証に向けて-, 日本造船学会論文集, 第189号, 2001, pp.39-46.

12) 辻本 勝, 武隈 克義: シーマージンの設定法について−内航コールタール油槽船−, 日本造船学会論文集, 第195号, 2004, pp.163-170.

13) 内藤 林, 辻本 勝, 濱中 誠司, 瀬川 進, 柴田 憲一: 実海域における船体応答の長期予測法に関する研究,  関西造船協会誌, 第230号, 1998, pp.197-203.

14) 山本 修, 西口 映: 波浪中経済速力について(第2報), 関西造船協会誌, 第194号, 1984, pp.111-117.

15)辻本 勝, 上野 道雄, 藤田 裕, 廣岡 秀昭: 次世代型帆装船用ウェザールーティングシステムの開発とその評価, 関西造船協会論文集, 第242号, 2004, pp.25-36.




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