海上技術安全研究所の深海域再現水槽

田村兼吉

1 まえがき

 海上技術安全研究所は2001年4月の独立行政法人化に伴い、取り組むべき研究分野の1つとして「海洋開発」を掲げている。具体的には、従来から継続している「海洋構造物技術」や「氷海技術」に加え、「深海技術」にも力を注ぐこととなった。近年、深海は地球科学的な研究対象としてだけではなく、資源エネルギーの有効利用や、地球環境問題の解決といった観点から、その価値が注目されており、このための深海の利用技術の確立が急務となっている。こうした状況を受け、当所では統合的な深海技術に関する研究を開始するとともに、そのための中心的な施設として深海域再現水槽を新設することとし、2002年3月に完成した。

 本稿では、まず世界の深海水槽の状況を紹介し、続いて、当所の深海域再現水槽を、これらとの比較を加えながら紹介する。また、この施設を用いた当所の研究計画についても簡単に触れることとする。

2 世界の深海水槽の状況

 深海水槽の定義は明確ではないが、世界的に見てこうした水槽は数少ない。明確に深海水槽と称している代表的な水槽3つを表1に示し、サーベイしておく。

表1 世界の深海水槽の比較

 2. 1 IFREMER(フランスBrest)1)

 IFREMERは、フランスにおける総合的な海洋関係の研究所・行政機関であり、6000m級有人潜水船Nautileを始め、多くのAUV、ROVを有する等、深海技術に力を入れている。Brestセンターにある深海水槽は長さ50m×幅12.5mの矩形をしており、長さ方向の12.5mまでが深さ20m、残りの37.5mが深さ10mと大型のものである(図1)。造波機は1面のみで、最大波高45cmの一方向の規則波、不規則波を発生可能である。最大速度1.5m/sでの模型曳引が可能である。潮流発生装置はなく、主として海洋構造物の試験水槽として使用されている。

図1 IFREMERの深海水槽

 2. 2 MARIN(オランダWageningen)2)

 深海ピットを有する深海水槽として最初のもので、2000年の完成である。オランダMARINは民間の研究所で、北海油田等から石油業界との関係も深く、海底油田の深度が急速に増しているこの時期に建設された。水槽は長さ45m×幅36m×深さ10.5mの角型海洋構造物水槽の中心底部に、直径5m、深さ20mの深海ピット(水面からの深度30m)を設けたものである(図2)。角水槽の底面全体が昇降床となっており、水深調節が可能なため、浅海水槽としても利用可能である。水槽壁には、任意の波を再現するための40cm幅の造波板によるマルチフラップ型造波機を2面持っている(図3)。この水槽の最もユニークな点は、直径各2m以上の大型の潮流発生装置を6基持ち(図4)、これにより、幅36mにわたって深度方向に6層もの潮流を模擬できる点である。各層の流れ方向は調節でき、表面と深部で逆向きの潮流も模擬できる。非常に革新的で優秀な水槽であり、当所の関係者も、深海水槽設計前にMARINを訪問して、担当者と意見交換をしており、この水槽から多くを学んでいる。

図2 MARINの深海水槽断面図

図3 スネークモーション型造波機(MARIN)

図4 大型の潮流発生装置(MARIN)

 2.3 COPPE/UFRJ(ブラジルRio de Janeiro)3)

 ブラジルのCOPPE/UFRJ(Alberto Luiz Coimbra Institute/Federal University of Rio de Janeiro)のLab OceanoでもMARINの水槽を参考に、長さ40m×幅30m×深さ15mの角型海洋構造物水槽(図5)の中心底部に、深海ピットの深さ10m(水面からの深度25m)を持った深海水槽を建設中で、2002年中に完成予定である。現在ブラジル沖ではPetrobrasを中心として、深度3000m級の海底油田の掘削が計画されており、この技術開発に対応するための施設と考えられる。

図5 建設中の深海水槽(Lab Oceano)

3 深海域再現水槽の概要

 海上技術安全研究所の深海域再現水槽は、海洋環境保全総合実験棟の1部として計画されたものであり、この実験棟には水槽と同時に完成した海洋環境分析機能(X線分析室、化学実験室、機器分析室等)の他、避難シミュレーション、リスク解析シミュレーション、将来は操船シミュレーターと、種々のシミュレーション施設が入る予定である。深海域再現水槽の概観は図6の水槽模型の写真を参照されたい。写真左側の深海水槽と右側の高圧タンクを合わせて深海域再現水槽と称しており、深海水槽により海面から深海への連続した空間域を、高圧タンクにより深海の圧力場を模擬できるようになっている。

図6 深海域再現水槽の概観(模型)

 3.1 深海水槽

 深海水槽は水面を有する円形水槽部と、その中心底部に掘削された深海ピット部という2つの部分により構成されている(図7、8)。 
円形水槽部の寸法は、直径16m(有効水域直径14m)、深さ5mで、その全周に設置された128枚の造波板により、任意方向規則波・多方向規則波・任意方向長波頂不規則波・多方向不規則波等、実海域を模擬した様々な波を発生することが可能である(図9)。造波方式はフラップ型スネーク方式で、幅30cm、高さ2.5mの各造波板を、0.75kwのACサーボモータによってシリンダー駆動する。波周期の範囲は0.5~4.0s、最大波高は50cmである。非常に小さな水槽内に、理論上は任意方向に任意形状の波を再現し、かつ消波できるというユニークな特徴を持つが、水槽内部に模型を配置した場合の反射の問題等、今後解決すべき問題も残っている。

図7 深海水槽の平面図

図8 深海水槽の断面図(左)と断面全体図(右)

 一方、深海ピット部の寸法は、直径6m、深さ30mで、円形水槽部水面から深海ピット部底面までの35mは世界一の深さである。ライザー等の模型実験において、水槽の水深は模型尺度の重要な決定要因である。例えば、本水槽で3500m深度の掘削状態を模擬する場合、その縮尺は1/100となり、実機で直径21インチのライザーが模型では直径5.3mmと、なんとか模擬可能な状態となる。深海ピットは地下鉄建設でよく用いられるシールド工法により建設された(図11)

 深海ピット底部には、昇降可能な重量4.5tonの床が設置されている。ウインチにより空中重量1tonの荷重を積載して、深海ピット底から上部円形水槽の底まで、揚程30mを昇降する。したがって、昇降床を最上部に設置すれば、円形水槽部を単独の水槽として使用することもできる。また、ここまで一旦、水を抜いて海底用係留系などを取り付けてから床を降ろし、深海ピット底に設置することが可能となる。

 深海ピット部の周囲には計測及び昇降床用に8本の鉛直レールが取り付けられており、これを利用して深海水槽監視装置及び3次元水中挙動計測装置を配置する。深海水槽監視装置は、実験準備時の安全保持等のために設けられた監視装置で、水中投光器と一体構造の水中カラーカメラ(1/3インチCCDカメラ)が深海ピット内を30mにわたってウインチで昇降する。カメラの位置を遠隔操作することにより、実験の全体像を制御室内から監視することが可能である。3次元水中挙動計測装置は、係留ライン、ライザー管模型等の実験対象物の挙動を全体にわたって画像計測するための装置で、高解像度デジタルカメラ20台(2台1組×10組)により構成される。
潮流の模擬については、設置された2ヶ所のダクト(噴き出し側、吸引側)により、水槽内に局所的平行流を起こす潮流発生装置を有しており、水槽中央部にて幅1mにわたり最大流速20cm/secの流れを発生させることが可能である。潮流発生装置の数を増やすことにより、将来、複層の潮流を模擬することも計画している。
水槽上部の計測台車は、深海水槽に沿って設置されたレール上を走行する走行台車(X方向)と、走行台車上を走行する横行台車(Y方向)があり、Z方向の可動範囲は3mである。計測台車には、人が乗って深海水槽内のメンテナンス等に使用するゴンドラが取り付けられている。直径2m×高さ1m、昇降荷重350kgで、水を抜いた状態では35m下の深海ピットの底まで降りることができる。

図9 深海水槽の造波

図10 集中波を造波した様子

図11 深海ピットの外観

 3.2 高圧タンク

 深海水槽の横には深海域の圧力場を模擬するための高圧タンクが設置されている。外見は図12に示す様に、単なる穴であるが、その断面は図13の様になっている。タンクの内径は1.1m、高さ3m、容積2.8m3と大型のもので、最大耐圧は600気圧、深度約6000mの状態を再現できる。
高圧タンクを使用する研究の1つとして、二酸化炭素の深海貯留システムの開発研究が考えられる。

これは大気中の二酸化炭素を液化して船で輸送し、海上からライザーにより海中に滴下することにより、ハイドレート化して海底に貯留させるもので、大気中の二酸化炭素量削減のための方法の一つである。このために高圧タンクには、加圧装置の他、液体二酸化炭素の投入・回収装置、pH調節装置、温度調節装置等が付属している。また、タンク内で微少な流れを発生させる回流装置も設置されている。内部の様子は6台のモニターカメラにより監視可能である。これにより液化した二酸化炭素を高圧タンク内に投入し、ハイドレートを人工的に作り出し、これを観察しながらpH等の水質や潮流の拡散速度への影響を検討することが可能である。
このタンクは、二酸化炭素の海中貯留の研究の他、メタンハイドレート等の深海資源有効利用のための技術の確立や、高圧下でも耐える材料の開発研究等にも有効利用が期待されている。

図12 高圧タンクの外観

図13 高圧タンクの断面図

4 海上技術安全研究所の取り組み

 現在、海上技術安全研究所が取り組む深海技術研究をその目的別に整理すると、1)深海域の科学的調査(OD21・AUVによる海洋調査等)、2)深海域の空間利用(二酸化炭素の深海貯留等)、3)深海域の資源開発(石油・レアメタル・メタンハイドレート等)の3つに大別される。これらの基幹技術を研究開発することが当所の使命となる中、現在当所では各目的に対応して、次の3つの深海技術に関連する受託研究プロジェクトを実施中である。

1)に対応したものとして、「深海モニター用小型ロボットの開発」(国土交通省委託研究)があり、AUV(自律型潜水機)とROV(有索型潜水機)の特徴を組み合わせたハンディな深海モニター用小型ロボットの開発を目指しており、東京大学海中工学研究センターとの共同研究である。(平成11~14年度)

2)に対応したものとしては、「二酸化炭素深海貯留のための投入システムの開発」(NEDO公募研究)があり、これは地球温暖化の原因とされるCO2を深海底に貯留するための投入システムの開発を目指している。(平成11~13年度)

3)に対応したものとしては、「浮体式海水中リチウム採取システムの開発」(NEDO公募研究)を実施中で、将来大幅な需要が見込まれるリチウムを海水中から採取するためのシステムの開発を研究している。(平成12~14年度)

 この他に、深海技術の要素的な技術であるライザー技術については、所内の自主的な研究として、「大水深ライザーシステムの安全性に関する研究」(特別研究)を実施しており、水深2000m以上で使用するライザーの挙動解析と構造解析(平成13~17年度)を行っている。さらに深層水関連のライザーについては、「海洋深層水揚上用ライザーに関する研究」(一般研究)として、掘削とは異なるアペンディング状態で海中から深層水を汲み上げるライザーの挙動解析を、共同研究として行う予定である。(平成14~16年度)

 平成15年度からは「海中における3次元形状情報の取得技術の研究」として、沈船の精密な形状情報をROV、AUVにより取得するための研究等、深海水槽を用いる研究が数多く計画されている。

 深海水槽は、ライザーや係留システムといった海中線状構造物の挙動解析には有力なツールであり、まずはこうした分野での活用が期待される。これに加え、従来から当所の得意とする海上の浮体の運動とそれに伴う海中構造物の連成運動といった複合系浮体システムの総合安全性評価といった研究にも注目している。深海水槽完成をテコにして、FPSOや掘削船の挙動解析や制御技術の向上等の複合系へと研究範囲を広げていきたいと考えている。

5 あとがき

 海上技術安全研究所では2002年4月の組織改革に伴って深海技術研究グループが新設され、組織の上でも深海技術への重点的取り組みを明確化することとなった。また、海外を含めた他の機関等との連携、共同研究及び受託研究も積極的に進めていく予定である。今後このグループが中心となって、深海技術研究の世界的な拠点の1つとなるべく、研究を推進していく決意である。

 最後に、本水槽建設にあたってご尽力いただいた関係各位に深く感謝いたします。

参考文献

1)URL http://www.ifremer.fr/dtmsi/anglais/moyens_essais/basin.htm

2)“Deepwater: an industry perspective”,“Basin without Parallel”,MARIN Report 70,2000.6.

3)URL http://www.laboceano.coppe.ufrj.br/site/apresentacao/index.shtm

日本造船学会誌「TechnoMarine」2002年5月867号
p.301-305.




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