二酸化炭素深海貯留に関する研究

 

中島 康晴、綾 威雄

 

1.はじめに

1997年の第3回地球温暖化防止京都会議(COP 3)で採択された議定書により、我が国は1990年を基準として6%の温室効果ガスの排出削減を、国際的な責務として課されている。しかしながら、我が国では石油ショック以来の省エネ化が既に相当に進んでいることもあり、従来からの対策のみでは排出削減目標の達成が疑問視されている。深海貯留は、火力発電所などの集中発生源から分離・回収された二酸化炭素(CO2)を人為的に海洋中に隔離する方法であり、温暖化を抑制する革新的技術の1つとして注目されている。

独立行政法人海上技術安全研究所(旧運輸省船舶技術研究所。以下、海技研)では、十数年にわたり、CO2深海貯留の研究を実施してきた。本稿では、海技研におけるこれまでの主な研究成果とともに、今年度から実施する実海域実験を中心とした国際共同研究の概要について紹介する。

 

2.深海貯留の概要

深海貯留では、発電所などの大規模なCO2排出源においてCO2を排ガスから分離・液化し、これをCO2タンカーにより貯留海域へ輸送、海上から深海の貯留サイトへと送り込み、海底窪地内に液体のまま貯留する。CO2は常温では約5MPaで液化されるが、液体CO2は水よりも圧縮性が高く、約27MPa以上では海水よりも密度が高くなる。従って、水深2700m以深では、自重により自然に沈降し、深海底に貯留することができる1)

海洋隔離の方法としては、この深海貯留のほかに、CO2を海水に溶解させ、海中に広く希釈・拡散させる溶解法も研究されている。両者を比較すると、処理深度の違いから、技術的な難易度は、深海貯留の方がやや高い。しかし、CO2の隔離期間が、溶解法では長くても数百年程度であるのに対して、深海貯留では2000年以上と予想されるとともに、環境影響評価における有限性においても、深海貯留は溶解法に対して優位に立っている。つまり、溶解法では、環境への影響が小さいものの、影響を及ぼす範囲が非常に広くなり、「0×無限大」(不定形)に近づくのに対し、深海貯留では、局所的にはある程度の影響を及ぼすが、その範囲は限定的、「有限×有限」である。したがって、全体としての影響評価が把握しやすいと考えられる2)

本稿で紹介する海技研参加の国際共同実海域実験は、貯留CO2量が20リットル以下と、規模としては非常に小さいが、多くの説得力のあるデータ取得が期待できることと、世界的にも余り例がないことから、内外から注目されている。しかし、深海貯留の実現までには、何段階かのスケールアップがなされねばならず、未知の深海空間利用を先駆けるという意味において、その手順を慎重に踏む必要がある。

 

3.海技研におけるこれまでの研究成果

3.1 深海貯留の基礎的研究

深海底に貯留された液体CO2の表面には、CO2クラスレート・ハイドレート(以下、CO2ハイドレート)と呼ばれる氷に似た水和物が膜状に生成する。CO2ハイドレートは、水分子が形成する籠状の空間(ケージ)内にCO2分子が納められた結晶構造を有する(図1)3)

CO2ハイドレートが生成することにより、液体CO2の海中への溶出が抑制されるため、CO2ハイドレートの生成条件や物性を調べることは、深海貯留の最も重要な研究課題の一つである。海技研では、CO2ハイドレートの安定性4)や膜強度5)などについて詳細な検討を行い、従来理論からは説明のできない特異な性質のあることを明らかにした。そして、その特異性を説明するため、「自由水分子モデル」6)などを提案している。

図1 CO2ハイドレートの結晶構造

 

これまでの実験の結果、結晶体であるCO2ハイドレートも、海水中にゆっくりと溶解することがわかった。しかし、窪地状貯留サイトの半分程度の高さまで液体CO2を溜めた場合、海水との界面にCO2ハイドレートの膜が生成し、その上方にはCO2を高濃に溶解した海水の密度成層が形成される。これにより、CO2の海洋中への溶出・拡散が抑制され、2000年を越える貯留期間をもたらすと期待されている1, 7)

 

3.2 CO2深海投入法(COSMOS)の原理確認と実海域実験

船舶輸送される低温CO2が浅海でも海水より重くなるという性質を利用した、CO2の効率的な深海送り込み法を考案し、これをCOSMOS(CO2 Sending Method for Ocean Storage)と名付け、特許(2896399号)を取得した(図28))。COSMOSでは、あらかじめ−55℃程度に冷却した液体CO2を専用のCO2タンカーにより貯留海域へ輸送し、海上から長さ500mの投入管を介してCO2を直径1m以上の低温液滴として海中に放出する。低温CO2液泡は周辺海水よりも密度が高く、またその冷熱により沈降中の熱膨張が抑制されるため、水深2700mの限界深度以深にまで沈降すると期待される。

 


図2 COSMOSによる深海貯留の概念図

 

そこで、ノルウェー・ベルゲン大学と、COSMOSの実現性を確認するための共同研究を行った。ベルゲン大学は、低温CO2液滴表面における氷層とCO2ハイドレート膜の発達過程の数値解析と伝熱模擬実験及び貯留サイトからのCO2の溶出モニターとして使用する高精度耐圧型pHセンサーの開発を担当した。一方、海技研では、COSMOSの原理確認を行うための小型CO2放出装置(図3)を設計・製作し、米国カリフォルニア州モンテレー湾において実海域実験を行った。モンテレー湾は、海岸線付近まで大規模な海底峡谷が近づく海底地形を有し、深海貯留の実海域実験には絶好の条件を備えている(図4)。

図3 COSMOS原理確認用小型CO2放出装置
(左)初代の装置   (右)2代目の装置
図4 MBARIの所在地及びモンテレー湾の地勢
(左)広域図   (右)拡大図

実海域実験は、1998年から4回にわたって、モンテレー湾海洋研究所(MBARI)との共同研究により実施した。MBARIは、1987年に創設された比較的新しい民間の研究機関であり、2台のROV(Remotely Operated Vehicle)とそれぞれの母船を所有している。第1回目(1998年)の実海域実験では、CO2の溶解に伴う周辺海水のpH変化を測定した。また、深海貯留の生態系への影響調査の一環として、CO2ハイドレートの溶解により生じた高濃度CO2溶解海水中に深海魚を誘導して挙動を観察した9)。小型CO2放出装置の実証実験は、第2回目(1999年)、第3回目(2000年)および第4回目(2002年)の実海域実験において実施した。

原理確認実験では、CO2放出装置をROVに搭載し、水深500m付近において放出されたCO2液滴をROVにより追跡することにより沈降挙動を観察した。最初に製作したCO2放出装置では、予想と相違してCO2液滴は放出直後に細かく分裂した(図5(左))10)。これは、大きな低温CO2液滴では界面不安定が氷層発達に勝るため、

単一液滴の形状を保持することが困難であるためと推定された。そこで、液体CO2とドライアイスを混合したスラリー状の液滴を投入し、ドライアイスの大きな潜熱により液滴表面に保護氷層を急速に形成させることを検討した。この方式に基づく2代目のCO2放出装置を用いた実証実験では、投入に成功し(図5(右))、その後、より簡便な3代目のCO2放出装置でも成功を収めることができた。

図5 実海域実験でのCO2投入実験
(左)初代の装置から投入   (右)2代目の装置から投入

 

実海域実験の結果をもとにオリジナルのCOSMOSを改良した新COSMOSを考案した(図6)11)。新COSMOSでは、液体CO2とドライアイスを混合したスラリー状の液滴を投入することにより、オリジナルのCOSMOSよりもCO2塊の寸法が1/2以下になるとともに、浅い水深200mからの投入が可能となっている。以上の研究により、CO2投入法の基礎を確立することができた。

 

図6 新COSMOSにおける投入システムの概要

 

4.現在の研究課題

これまでは、物性測定や技術開発を中心にCO2深海貯留の研究を行ってきたが、今後の最大の課題は、海洋環境に対する影響の評価である。そこで、MBARI及びベルゲン大学との共同により、海洋環境への影響評価を目的とした国際共同研究を2002年度から3カ年にわたって実施する。この研究では、3機関の共同研究者全員参加のもと、モンテレー湾において液体CO2を海中に放出する実験を数回にわたって行い、周辺海水のpH変化などの測定や深海生物への影響の調査を行う。

ただ、実海域実験には、放出CO2量の他、実験期間や実験パラメータに制約が存在する。そこで、海技研が新たに整備した大型高圧タンク(図7)と既存高圧装置を利用して、深海貯留の陸上模擬実験を行い、実海域実験を補完する。新しい大型高圧タンクは、常用最高圧力が60MPaであり、内部の温度及び圧力を制御することが可能である。タンク内部の高さは3m、直径は1.1mである。タンクに海水を満たして液体CO2を注入し、CO2液滴やCO2ハイドレートの挙動をモニターカメラにより観察する。また、内部にpHセンサーを導入し、CO2の溶解に伴う海水のpH変化を測定する。さらに、従来ほとんど検討されていない、液体CO2と海底堆積物との相互作用についても実験を行う。

図7 大型高圧タンクの概観

 

ベルゲン大学においては、海洋モデルを用いた溶出・拡散過程のシミュレーションを行う。貯留サイトからのCO2の溶出・拡散速度は、海底付近の潮流に影響されると予想されるため、実海域実験によりデータを取得し、より詳細な検討を行う。その結果を実海域実験と比較検討することにより、深海貯留がもたらす海洋環境への影響を評価する。

 

5.むすび

2002年にCOP 3議定書が我が国でも批准され、温暖化問題に再び社会の関心が集まりつつある。世界最大の温室効果ガス排出国である米国は依然として京都議定書への参加を見合わせたままであるが、一方で温暖化の研究や対策技術の開発に相当な投資を行っており、いずれは復帰するとも予想されている。いずれにしても、温暖化に対する多様な対策手段を準備することが緊急の課題であることには変わりがない。本稿が一つのきっかけとなって、さらに多くの方々に深海貯留に関心を持って頂ければ幸いである。

 

参考文献

1)     綾威雄,山根健次,“CO2海洋処理法の基礎研究”,船舶技術研究所報告,33巻2号,pp. 1-45,(1996)

2)     綾威雄ほか,“CO2海洋隔離とCO2ハイドレート”,高圧力の科学と技術,12巻1号,pp. 40-49,(2002)

3)     Sloan, E. D. Jr., Clathrate Hydrates of Natural Gases (2nd Ed.), Marcel Dekker, (1998)

4)     Aya, I., Yamane, K., and Yamada, N., Stability of Clathrate-Hydrate of Carbon Dioxide in Highly Pressurized Water, Fundamentals of Phase Change: Freezing, Melting, and Sublimation, HTD Vol. 215, ASME, pp. 17-22, (1992)

5)     Yamane, K., et al, Strength Abnormality of CO2 Hydrate Membrane just below Dissociation Temperature, Greenhouse Gas Control Technologies, Elsevier Science, pp. 1069-1071, (1999)

6)     Yamane, K., et al, Two Types of Strength Abnormality of CO2 Hydrate Membrane, Greenhouse Gas Control Technologies, CSIRO, pp. 492-498, (2001)

7)     古林義弘,香村国彦,“細長い深海盆地内CO2貯留時の拡散と移流”,日本造船学会論文集,189巻,pp. 115-126,(2001)

8)     Aya, I., Yamane, K., and Shiozaki, K., Proposal of Self Sinking CO2 Sending System: COSMOS, Greenhouse Gas Control Technologies, Elsevier Science, pp. 269-274, (1999)


9)     綾威雄,山根健次,“CO2貯留日米共同実海域実験”,Techno Marine,846巻,pp. 890-894,(1999)

10)  山根健次,綾威雄,小島隆志“CO2深海貯留第2回日米共同実海域実験(CO2大液泡放出装置機能試験)”,第74回船舶技術研究所研究発表会講演集,pp. 17-20,(2000)

11)  綾威雄ほか,“二酸化炭素深海実験,OACE ― 新投入技術COSMOSと環境影響 ― ”,第2回海上技術安全研究所講演会講演集,pp.33-46,(2002)




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