CO2海洋隔離技術開発の現状

 

綾 威雄 山根 健次

中島 康晴

1.はじめに

199712月に採択された京都議定書が8年余り経た本年216日に発効した.これを契機として,CO2の排出抑制に向けた様々な取り組みが一段と活発となってきた.その1つに,大幅なCO2排出削減を可能とするCO2海洋隔離がある.温暖化対策としてCO2を海洋に隔離するというアイディア1) は,1978年に米国の研究者により生まれたものであるが,1988年の米国上院における気象学者の「温暖化懸念証言」後に注目されるようになり,1990年代初頭から我が国を中心として実験的研究が進められた.1997年頃までの研究概要については,本誌の前身である日本舶用機関学会誌2)で著者らの拙稿が掲載されているので,今回は,主としてその後の進展を取り上げることとしたい.

2.海洋のCO2処理能力

温暖化問題,即ちCO2問題の特徴はその処理量の超大量性にあり,これが解決を困難としている最大の要因ともなっている.もう少し具体的に述べると,我が国から大気に排出されるCO2を全て回収・液化して20万トンタンカーに積み込むと,毎日10隻分にもなる.もちろん,全てを処理する必要はないが,温暖化の緩和が期待できる量,例えば,5%の処理だけで,2日に20万トンタンカー1隻分となる.このような大量のCO2を工業原料として消費することは難しく,処理先としては,結局のところ,大地か海洋以外にはないと考えられている.

表13)は,全世界の海洋と大地(帯水層,廃ガス田,廃油田)のCO2処理能力(炭素換算ギガトン)を比較したものである.先ず表から分かることは,海洋と地下帯水層の推定処理能力に大きな幅があることである.特に,海洋では1万倍以上の幅がある.これは,海洋に溶解し得るCO2量は事実上無限大(2×107 GtC)であるのに対し,海洋生態系への影響を最も厳しく仮定した場合には1万分の1以下になるためである.実際の処理能力はこの間にあるが,現在のところ正確な値は不明である.しかし,海洋の処理能力が際だって大きいことが分かる.特に,四方を深い海に囲まれている我が国にとっては,海洋の利用は魅力的と言える.

表1 海洋と大地のCO2処理能力の推定値

処理法

処理量(GtC)

海洋

地下帯水層

採掘後のガス田

採掘後の油田

14002×107

872700

140310

40190

3. CO2の密度とハイドレート化

海洋中におけるCO2の密度とハイドレート化は,CO2海洋隔離法を考える上で極めて重要な要素である.図14) は,海水と同温度の液体CO2と種々の海水(自然海水,CO2ハイドレート飽和海水,CO2ガス飽和海水)との密度を比較したものである.CO2の密度線が2本あるのは,北大西洋と北太平洋の鉛直温度分布に対応させたためでるが,海水の密度は両海域の温度差(最大で10℃程度)では密度にほとんど影響せず,ほぼ1本の線で表される.図1から,2700m付近でCO2と自然海水とは等密度となることが分かる.従って,この限界深度より浅いところではCO2は海水より軽くなり,放出したCO2は海中を上昇することになる.

図1 CO2 と各種海水との密度比較

次に,CO2が海水と反応してハイドレートを生成する深度を見てみる.図2は,深度を圧力と見立ててCO2の相平衡図を描き直したものである.海水の場合,4相(気体CO2,液体CO2,海水,CO2ハイドレート)共存点Q2点は,塩類の存在により 清水の場合に比べ1.0Kほど降下し,9.1℃程度となる.図3 には,太平洋と大西洋の南北断面等温線図5)から選んだ代表的な2海域の鉛直温度分布例が記載されている.海水温度は海域によりかなり異なり,ハイドレート生成域は,北太平洋では500 m以深,北大西洋では900 m以深となる.気体CO2-海水間でハイドレートが生成する海域(Q2から左上に伸びる平衡曲線と温度分布曲線が交わる海域)は極めて限られている.

2 深度相当圧力におけるCO2の状態と代表的2地点の鉛直温度分布

4.海洋隔離の種類と特徴

CO2海洋隔離は,上述のCO2の密度(CO2が海水より軽いか重いか)とハイドレート生成の有無によって,以下に述べる「溶解法」と「貯留法」に大別される.図3に代表的なCO2海洋隔離法の概念を示す.

図3 代表的なCO2海洋隔離法の概念

4.1 溶解法 溶解法は,海洋が分子数で大気の約430倍を有するという広大さを利用し,均質に溶解した後の海洋のCO2濃度増加はほとんど無視できることを基本原理としている.CO2ハイドレートが非溶解と期待されていた1990年代前半までは,溶解法の適用範囲は,CO2がハイドレートとならない500900m以浅と考えられていた.しかし,一旦生成したCO2ハイドレートも,海水中CO2濃度が飽和に達していない場合には徐々に溶解すること,及び,ハイドレート生成に要する時間が放出CO2液泡の溶解時間より長くなる可能性のあることが高圧ループによる実験6)から明らかとなった結果,溶解法の適用深度は,液体CO2が海水より軽く,CO2液泡が上昇する深度(2700 m以浅)と考えられるようになった.溶解法は,気体溶解法と液体溶解法に細分できる.

4.1.1 気体溶解法 気体溶解法は,相変化深度,即ち,北太平洋では450 m以浅,北大西洋では500 m以浅の海域に適用でき,他の海洋隔離技術と比較して経済的に有利と考えられ,ノルエーや我が国などで基礎的7) 及び開発的研究8) が行われている.

500 m以浅は自由対流圏であるため,溶解したCO2が浅海に留まっていると,やがて,CO2の海中濃度と大気中濃度とがほぼ分圧平衡にある海面にまで達し,溶解させたCO2が大気へ環流する恐れがある.これを妨げる現象として,回りの海水より重いCO2溶解海水が重力沈降により,対流圏より深い海域へ運ばれることが期待されている.

しかし,CO2放出海域では,おびただしい数のCO2気泡の上昇により誘起される上昇流と濃度拡散が,CO2溶解海水の沈降を妨げるという,複雑な現象の出現が予想され,その解明が気体溶解法評価のキーポイントとなっている.

4.1.2 液体溶解法 (中層放流) 液体CO2を深度500 m2000 mの海域に放出させることから,中層放流とも言われ,気体溶解法と比べて,放出深度は深くなるものの,CO2の体積が少なくとも1/6以下となることから,投入設備の小型化による経済的メリットが考えられる.

液体溶解法に関して,これまでに,放出液泡径と上昇速度についての実験的検討9) や解析的検討10) がなされている.また,密度平衡深度付近で水平に拡散したCO2溶解海水は,海洋の鉛直循環流に乗ってやがて海面に達し,一旦溶解したCO2が大気に還流する.放出CO2が海洋に留まる期間は,放出深度や海域にも依存するが,100300年程度と考えられており,海水の鉛直循環周期の200011) よりはるかに短い.この意味から,溶解法は,CO2をある期間,海洋に隔離する手段ということになり,その隔離期間がその有効性評価にとって重要である.この視点に立ち,太平洋など,大洋の3次元拡散シミュレーションから,隔離期間の検討12) が試みられている.

4.2 貯留法 この方法は,深海底の窪地にCO2を液体として溜めることにより,海水への溶解をできるだけ抑制しようとする方法である.湖のように溜められた液体CO2の上方には,CO2溶解海水からなる密度成層が形成されるため,貯留されるCO2が密度的に安定となるには,深度3500m以深が求められる(図1参照).貯留法は,溶解法より高深度を対象とするため,経済的には不利であるが,CO2海洋隔離期間を,海洋鉛直循環周期の2000年より長く設定することができるという大きな利点がある.

実験を伴うCO2海洋隔離研究が始まった1990年代前半は,従来のハイドレート研究がメタンなどの天然ガス輸送配管の閉塞防止を目的として行われてきたという歴史的経緯もあり,相平衡図以外,貯留法の実現性検討に必要なデータは不十分であった.

また,ハイドレートは氷に似た結晶構造をしていることから,CO2の完全固定化法として期待され,CO2深海固定法などといった言葉が使われた時期もあった.しかし,回りの海水中のCO2濃度が低ければ,ハイドレート膜で被われたCO2液泡の溶解速度は,ハイドレート膜で被われていない場合より,高々23分の一程度に抑制されるに過ぎないことが明らかにされた.そこでCO2ハイドレートの溶解性を前提に,貯留法の概念が直ちに修正された13).つまり,深海底の窪地の途中まで液体CO2を満たし,窪地上方空間にCO2溶解海水からなる密度成層を形成させることにより,上方へのCO2フラックスを極力抑えようとするものである.図414) にこのアイディアによる貯留法の概念を示す.CO2上方の密度成層が絶対安定であれば,CO2フラックスは分子拡散程度が期待されるが,実際には密度成層中の鉛直方向の渦拡散係数が溶出速度を決定づけると思われる.しかしながら,CO2界面が直接新鮮な深海水に触れる場合に比較して,溶解速度を大きく抑制することができる.また,CO2フラックスを0にできない以上,一定流量でCO2を貯留サイトに供給し続ける場合,供給量に見合って貯留湖の界面積に限界が存在することも重要なポイントである.

図4 密度成層を利用したCO2溶解抑制型貯留法

4.3 その他の隔離技術

中和反応法15) 徐々に溶解するCO2ハイドレートの性質を利用し,溶解後の炭酸イオンを深海底に大量に沈殿している炭酸カルシウムなどのアルカリ土類塩と中和反応させ,無害な重炭酸イオンに変える.

ハイドレート貯留法16) CO2ハイドレートの密度(1.1 gr/cm3)は海水より大きいことから,CO2ハイドレートが非溶解性であれば非常に望ましい貯留法である.しかし,CO2ハイドレートの溶解性が明らかとなった後,その魅力は減少した.

ゲスト分子置換法17) CO2のハイドレート生成圧力はメタンより低いことを利用して,メタン分子とCO2分子を置換させようとする方法で,メタンハイドレート鉱床18) からの新エネルギーの確保とCO2対策を同時に解決させようとする一石二鳥の狙いがある.

絶対安定貯留法19) 液体CO2の密度が,CO2ハイドレートの密度より大きくなれば,海水との界面に形成されるハイドレート膜がちぎれて沈降を繰り返す心配もない.この密度条件(海水<CO2飽和溶解海水<CO2ハイドレート<液体CO2)を満足する深度は,CO2ハイドレートの密度を上述の値と仮定すると,約6000 m以深となり,適用可能海域は海溝などに限られる.

5. 投入法

海洋隔離の効果を増すため,あるいはコスト低減を目指し,さまざまなCO2投入法が提案されている.ここでは,アイディア豊かな幾つかの方法を紹介する.

5.1 溶解法を目指す投入法

U字管(GLAD) 20) 気体溶解法では,図5に示すGLAD (Gas Lift Advanced Dissolution)が注目される.逆U字管の途中からCO2ガスを気泡群として注入すると,浮力により管内を上昇しながら溶解するが,液泡径をうまくコントロールすると,頂部に達する時点で溶解を完了させることができる.すると,海水より重くなったCO2溶解海水が溶解海水を下方に引き込み,良好な自然循環が成立し,CO2溶解水を効果的に深海部へ送り込むことができる.

ムービングシップ21) 液体溶解法への適応を目指すもので,図6に示すように,ゆっくりと移動するCO2タンカーから2000 m程度の深度まで延ばしたパイプからCO2液泡を放出する方法である.CO2溶解後の濃度ピーク値を下げることが可能となり,海洋生態系への影響を最小限にできるとの期待があり,我が国では最も実現が早い方法と考えられている.

ハイドレート沈降法22) CO2液泡内に無数の微少海水粒を注入し,液泡内部からのハイドレート化を促進させ,CO2液泡の平均密度を海水より重くすることにより,液泡を自由沈降させ,CO2溶解深度範囲を深海底まで広げ,CO2溶解後の濃度を低く押さえることを狙った方法であるが,実現には相当な技術的ブレークスルーが必要である.

図5 代表的気体溶解法GLADシステムの概念

図6 ムービングシップからの液体CO2の放出

5.2 貯留法を目指す投入法

ハイドレート晶析法23) 図7に示すように,CO2がハイドレートとなる深度500 mの傾斜海底にハイドレート生成槽を設置し,効率的にハイドレートを生成した後,深海底まで自由沈降させる方法で,沈降過程で一部のハイドレートが溶解することから,溶解法の要素も含まれる.ハイドレート生成槽の開発がポイントである.

図7 ハイドレート晶析法の概念

ドライアイス法24) CO2を海水より重いドライアイス(気泡を若干含む市販品で,1.4 gr/cm3程度)として海上から投入する方法であるが,ドライアイス生成のためにエネルギーが必要となることや,固体を扱うための不便さがある.

低温液体CO2投入法(COSMOS) 25) CO2を海上輸送する際には,タンク圧力をできるだけ低く押さえる必要があり,3重点に近い-55℃程度の低温液体として輸送される.このような低温CO2は,浅海でも海水より十分重いため,深度500 mの海中に放出すると自由沈降する.液泡径を1 m程度以上にすると,取り巻く氷層の浮力と海水からの受熱にも関わらず,限界深度の2700 mを通過し,深海底に到達する.この方法はCOSMOS (CO2 Sending Method for Ocean Storage) と称され,安定した大液泡を放出するノズル開発が課題となっている.図8にCOSMOSの概念を示す.

 

図8 オリジナルCOSMOSの概念

スラリー投入法(COSMOS) 26) 米国のモンテレー湾で行われた小規模実海域実験から,CO2をスラリー塊として放出すると,氷層が素早く成長し,液泡が分裂しないことが判明した.この効果を利用すれば,COSMOSより浅い深度200 mからの放出が可能となるほか深海底に達する限界直径を0.4 mと大幅に小さくできる.図9にドライアイス率 α 0.5の場合のスラリー塊の海中での運動が示されている.この図から,放出径をコントロールするだけで,深海底に送り込む貯留法にも,Uターンさせて溶解法にも適用できることが分かる.実海域実験から,Uターン前後で氷層が海水からの受熱でほぼ溶け,CO2液泡が12 cmの小液泡に分裂することが確認されており,深海底から相変化深度に至る全深度に亘って溶解に利用できる.また,放出深度が200 mになると,洋上で放出管のつなぎ合わせが不要になる経済的メリットもある.

図9 新COSMOSの実現性を示す,CO2スラリー塊(ドライアイスと低温液体CO2のと混合物)の海中運動の解析結果

. CO2ハイドレートの性質

 CO2ハイドレートの性質の内,海洋隔離の実現と評価に大きな影響を及ぼすものについて,以下に述べる.

6.1 溶解度の2元性10に示されるハイドレート生成域におけるCO2溶解度27) は,温度の低下とともに減少するという固体の性質がある.実はこの溶解度は,CO2ハイドレートの溶解度であり,別に非ハイドレート生成域から外挿される気体の溶解度が存在する.これらの溶解度の差は低温ほど大きくなり,2℃では気体溶解度はハイドレート溶解度の約3倍となる.

一旦ハイドレートが生成するとハイドレート溶解度が支配的となるが,ハイドレート生成深度に放出された(海水と同温の)CO2液泡は,強い乱流場に置くなどの方法を採らない限り,容易にハイドレートが生成しないのが通例である.しかし,いずれはハイドレートが生成し,その領域が伝播・拡大するが,CO2海洋隔離を正確に評価するにはこの溶解度の2元性は厄介な問題であり,これまでのところどのような条件でいずれの溶解度が現れるかについて明快な判断法は提示されていない.この問題は,貯留法よりも溶解法にとって大きな問題となる.

 

10 ハイドレート生成域のCO2溶解度の二元性

6.2 あふれ現象 Brewer28) は,深度3650 mの深海底に設置した4リットルのビーカーにハイドレート膜で覆われたCO2液泡群を溜める実験を行い,ほぼ一体化した液体CO2が間欠的にあふれる現象を観察した(図11).この現象は貯留容積の大幅な増加をもたらす可能性がある.しかし,CO2CO2ガス飽和溶解海水より重くなる3800m以深(図1参照)では,CO2内部にハイドレート生成に不可欠な海水供給が途絶え,あふれ現象は起こらないと考えられる.そこで,Aya29) は,40MPaの陸上模擬実験を行い,30MPaではビーカー底部に通じる通路が残され,底部で急速に成長するハイドレートに押し上げられ,あふれ現象が生じる(図12)が,40MPaでは重力効果により通路が押しつぶされ,100日間を超えてあふれ現象が生じないことを観察した(図13).

 この陸上実験を実海域で確認するため,2003年と2004年の秋,カリフォルニア沖の深度3941mで実験が行われた.図14は,図11と同じ4リットルのビーカーに図11の場合と同様の方法でCO2液泡を溜めたが,一昼夜に亘ってあふれ現象は起こらなかった.この実験の際,図15に見られるように,深海魚がビーカーに近寄ってくることがたびたび観察されたが,このことは安定に貯留された場合,CO2の溶解が弱く,回りの海水の酸性化が微弱であることを示唆している30)

 また,図16 31) は同深度において,上方が開いた細長い水平容器 (benthic flume) 40リットルの液体CO2を溜めた後,2日が経過した際の映像を示している.この水平容器は,図4に示される海底窪地を念頭に置いたものである.この映像は,ハイドレート膜で覆われた液体CO2上方に生成された密度成層がCO2の溶解を抑制し,それによりハイドレートが徐々に成長したこと(静的成長)32) を示しており,CO2深海貯留の実現可能性を示唆している.

11 Brewerらが観察したハイドレートの押し上げによる”あふれ現象”

12 陸上実験で再現されたCO2あふれ現象

13 100日を超える安定貯留模擬実験

14 深度3941mで確認されたCO2の安定貯留

15 CO2貯留ビーカーに近寄ってくる深海魚.回りの海水の酸性化が弱いことを示唆.

16 深海底に設置された水平容器内の液体CO2厚いハイドレート膜で覆われており,安定.

6.3 その他の現象

以上の他,CO2海洋隔離の評価と実現生に影響を与える現象として,ハイドレート膜の強度異常と膜再生成現象がある.

膜強度異常 膜強度は,溶解法の場合にはハイドレート被覆CO2液泡の変形と溶解特性に,貯留法の場合には流れにより膜破断が生じるかどうかに影響を与えるという意味で重要である.その膜強度は,解離温度近傍とCO2飽和海水中で通常の10倍以上の強度になることが実験により明らかにされている33) .しかし,そのメカニズムについては不明な点が多く残されている.

膜再生成現象 CO2で未飽和な水中では,ハイドレート膜はストレスの負荷により容易に再生成し,外見上,大きな変形が生じることが最近の実験から明らかにされ 34) CO2海洋隔離を正確に評価する上で考慮すべき現象と考えられるようになった.なお,CO2飽和水中では,ハイドレートは再生成せず(膜は伸びず),ストレスが限界値に達するといきなり判断するという脆性的な性質を示す.

7.コストについて

 CO2海洋隔離を実現する際のコストも重要である.

 

CO2の分離・回収から海洋隔離までの総コストは,非可逆過程である回収部分が大半を占め,そのコスト削減が全体のコストを下げる上でのポイントとなっている.しかし,海洋隔離そのものに要するコスト削減努力も続ける必要のあることはいうまでもない.

 ところで,CO2海洋隔離に要する総コストがいかほどかは,主要部を占める回収コストに依存するが,今,実現可能な値として発電コストの20%を要すると考えた場合,全てのCO2を処理する必要はなく,海洋隔離が負う割合はせいぜい総排出量の5%で十分と思われるため,平均すれば,コストアップは1%程度となり,許容できるレベルと考えられる.

8. 生態系への影響から見た特徴

8.1 可逆性 貯留法の隔離期間は2000年以上が期待され,貯留されるCO250年や100年ではほとんど溶解せず窪地に残っており,万が一,貯留を続けることが不都合になれば,費用はかかるがほぼ回収が可能である.つまり,可逆性がある.言い換えれば,貯留法には安全弁が備わっている.

 一方,溶解法は,溶解拡散させるという非可逆過程に立脚しており,一旦放流したCO2を回収することは事実上できないという,弱点がある.

8.2 「有限×有限」か「0×∞」か 貯留法の弱点は,なんと言っても,少なくともCO2で埋め尽くされる貯留窪地内部では生物が一切住めず,そこに棲息していた有用種を失う危険性がある点である.これを緩和させる一つの方法として,窪地の途中までCO2を溜め,上方に生成するCO2溶解海水の密度成層により,CO2の溶解拡散を抑制する方法が提案されているが,この弱点が,貯留法に先立って溶解法が試験される理由と考えられる.ここで,海洋生態系への影響評価という観点から見た貯留法と溶解法の特徴を整理したい.

 溶解法は貯留サイトとその近傍の影響度は明らかに有限であるが,影響範囲も有限であるため,トータルの影響は「有限×有限」で評価されることとなり,生態系への影響度が出れば,比較的容易に影響範囲との積を求めることが可能である.

 一方,溶解法は限りなく薄めてゆくため影響度も限りなく0に近づく.しかし,影響範囲はどんどんと無限大に近づく.このため,トータルの影響評価は0×∞ の形,つまり,不定形の様相を呈する.これまでは,0×∞ の内の0の部分に研究の力点が置かれてきたように思われる.どんどん薄まれば影響度が0に近づくのは当たり前のことである.重要なのは,0×∞ がどのような値になるかということである.例えば,1000倍に希釈した際の影響度は少なくとも1000倍の精度がなければ,1000倍の影響範囲を掛け合わせた時の精度・信頼度がでない.これはなかなか骨の折れる課題だと思われる.

8.3 晩生影響 もう一つ気になることは,遺伝を通しての晩生影響である.この影響の解明を待てば,CO2海洋隔離技術の確立が温暖化対策技術としては手遅れになることが予想される.この点をどのように考えていけばよいのであろうか?

9.まとめ

 温暖化対策技術としてのCO2海洋隔離技術について,基本的な考え方,その種類と特徴,CO2投入法CO2ハイドレートとの関わりについて私見も交えて解説した.温暖化対策が実効をあげるには,国際的な合意と協力が必要なことは論を待たない.199712月にCOP3で採択された京都議定書が本年2月にようやく発効したが,温暖化の抑制という目的の実現までには,中国などCO2排出の大きなシェアを占める途上国が含まれていないなど,大きな政治的課題が山積している.しかしながら,技術としてどのような対策がどの程度有効であり,環境への負荷を含めてそのコストはいかほどかを明らかにしておくことは,研究者と技術者の一つの使命であろう.その意味からも,CO2海洋隔離技術にはCO2ハイドレートの物性や生態系への影響の程度など,未だ解決されていない重要な課題もあるが,その処理能力の膨大さと,海洋隔離が自然の炭素循環を先回りさせる意味があることなどから,依然として有望な対策技術であることには変わりはない.未解決課題をじっくりと解決することが,結局は早道と考えている.その際,陸上実験で明らかにされたCO2ハイドレートの特異な性質については,実海域試験を通して隔離効果への影響を調べることが必要であろう.

 CO2海洋隔離の提唱者の一人である,M. Steinberg博士から,「暑いお湯にカエルを入れるとびっくりして飛び出すが,水の状態からゆっくりと暖めてゆくと,ゆだって死ぬまで飛び出さない」35) という話を聞いたことがある.温暖化は人間の時間スケールから見て非常にゆっくりと進行するため,実感しにくい一面がある.我々の地球も「ゆでガエル」ならないことを祈るばかりである.

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