低温度差スターリングエンジンの要点と特徴

 スターリングエンジンは,あらゆる温度レベルの熱源を利用できるのが特徴です。理論的には1℃の温度差でも運転させることができます。そのため,内燃機関や工場の排熱利用や自然エネルギー利用などへの応用が期待されています。
 一般の高温度差スターリングエンジンと異なる点として,高い熱効率が望めないこと,低い温度の熱源から十分な熱量をエンジン内に取り入れるための大型な熱交換器が必要になることなどがあげられます。


低温度差スターリングエンジンの熱効率

 スターリングエンジンの理論熱効率は,あらゆる熱機関の中で最も高効率なカルノーサイクルの熱効率に一致します。カルノーサイクルの熱効率ηcarは,高温熱源温度(スターリングエンジンの場合,高温ガス温度に相当)TH[K]と低温熱源温度(低温ガス温度に相当)TC[K]を用いて次式で表されます。

したがって,温度差(比)が大きいほど熱効率が高くなることがわかります。

 右の図は,TC=40℃=313Kとした場合のカルノー効率の計算例です。高温ガス温度THが500℃になると60%もの効率が得られますが,THが100℃になると16%程度の効率になります。
 以上で得られる効率は,理想的な最高熱効率であり,現実のエンジンでは様々な熱損失が生じるため,この効率を達成することはできません。低温度差スターリングエンジンを開発する場合には,この理論熱効率にどの程度まで近づけられるかが最大のポイントになります。

カルノー効率の計算例
熱源温度とガス温度
 あらゆる熱機関において,高温空間のガス温度は高温熱源の温度よりも低くなります。同様に,低温空間のガス温度は低温熱源の温度よりも高くなります。すなわち,100℃の熱水と25℃の冷水があったとしても,実際のエンジンの作動ガスは,さらに小さい温度差になり,理論熱効率は低下します。しかも,通常は,熱源温度とガス温度との差が増加することで,エンジン内に取り込む,あるいは排出する熱量が大きくなります。
 低温度差スターリングエンジンは,限られた温度差を有効に利用しようとするエンジンです。高性能な低温度差エンジンを開発するためには,熱効率(出力)と入熱量,冷却熱量の兼ね合いをしっかりと考えなければなりません。


低温度差スターリングエンジンの構造(ディスプレーサ形)

 ディスプレーサ形スターリングエンジンにおける高温度差エンジンと低温度差エンジンの構造上の違いを考えてみます。
 下図に示すように,通常の高温度差エンジンでは,ディスプレーサの行程容積(ピストン断面積×ストローク)とパワーピストンの行程容積はほぼ同じ程度になっています。一方,低温度差エンジンでは,ディスプレーサの行程容積をパワーピストンの行程容積よりもかなり大きくするのが普通です。ディスプレーサ形エンジンにおいて,ディスプレーサの行程容積は,熱交換器内を流れるガス量に関係するため,「熱源と作動ガスとの交換熱量」に相当します。パワーピストンの行程容積は,エンジン内外の容積変化に関係するため,「出力の大きさ」に相当します。すなわち,低温度差スターリングエンジンでは,限られた熱源温度を有効に利用するため,出力に比べて交換熱量を大きくする必要があり,ディスプレーサを大きくしているのです。
 また,従来から開発されている低温度差スターリングエンジン(主に模型)を見ると,ディスプレーサの断面積を大きくして,加熱面から膨脹空間に直接伝熱を生じさせる工夫をしているのが特徴的です。


ディスプレーサ形スターリングエンジン


低温度差スターリングエンジンの構造(2ピストン形)

 2ピストン形スターリングエンジン(α形)を低温度差熱源で運転させる場合,右図のようにピストン位相差を大きくすることで,ディスプレーサ形エンジンと同様,出力に比べて交換熱量を大きくできます。2ピストン形エンジンの位相差は,熱交換器内を流れる作動ガス量とエンジン内外の容積変化に関係します。例えば,位相差を180度とすると,容積変化は行わず,ピストンの運動の通りに作動ガスが熱交換器内を流れます。逆に,位相差を0度とすると,作動ガスは熱交換器内を流れず,容積変化が増加します。通常の高度差エンジンでは位相差を90〜100度程度にしますが,低温度差エンジンではより大きな位相差(例えば150度)とすればよいことになります。
 なお,2ピストン形エンジンの位相差を変化させたときの作動空間の使い方が,ディスプレーサ形エンジンのディスプレーサとパワーピストンとの行程容積の比を変化させたときの作動空間の使い方が全く等しくなることは,簡単な計算によって求められます。

2ピストン形スターリングエンジン
ダブルアクティング形の低温度差スターリングエンジン
 ダブルアクティング形の低温度差スターリングエンジンを開発したという話は今までに聞いたことがありません。ダブルアクティング形は2ピストン形と同等の作動空間を持つため,2ピストン形と同様の考え方をして位相差を大きくする場合,ダブルアクティング形エンジンではシリンダ数Nを増やすとよいことになります。ダブルアクティング形エンジンでは,ピストン上面の空間と隣り合うピストンの下面の空間との位相差β(deg)は,
β=180[(N-2)/N]
となります。したがって,N=4のときβ=90 deg,N=5のときβ=108 deg,N=6のときβ=120 deg,N=8のときβ=135 deg,N=10のときβ=144 deg,N=12のときβ=150 degとなります。


低温度差スターリングエンジンの問題点

 低温度差スターリングエンジンは,排熱利用による省エネルギー化や自然エネルギー利用による地球環境保全などの観点から,とても期待されるエンジンです。以下,低温度差エンジンの問題点や高性能化のための課題をまとめます。

(1) 冷却熱源の確保

 低温度差エンジンは低効率となり,入熱量および冷却熱量はともに増大します。例えば出力1 kW,効率8 %のエンジンでは,12.5 kWの入熱量,11.5 kWの冷却熱量が必要になります。低温度差エンジンでは,性能向上のために,冷却熱源温度(冷却水温度)と低温ガス温度との差をできる限り小さくしたいので,冷却のためのラジエタの巨大化,あるいは冷却水ポンプ動力の増大が問題となります。
 循環ではない「たれ流し」が可能な工場排水や河川などがあれば問題ありません。また,水ポンプ駆動などは,汲み上げた水をそのままエンジンの冷却に利用できるので,低温度差エンジンの特徴を活かせる用途であると考えられます。
(2) エンジンの大型化

 性能向上のため,できる限り熱源と作動ガスの温度を近づける必要があります。したがって,低温度差エンジンでは,交換熱量を増大させるために伝熱面積を増大する必要があり,熱交換器が大型化します。また,エンジンが大型化すると,圧力損失や機械損失が相対的に増加するため,高い回転数での運転が望めなくなります。低温度差スターリングエンジンには,十分な広さの設置場所を必要とすると考えられます。
(3) 高性能熱交換器の開発

 熱源の種類や特性に適した高性能熱交換器(ヒータ,クーラ)が必要となります。さらに,内燃機関の排気ガスなどを熱源に利用する場合,排気ガス中に腐食成分が含まれている可能性があるので,熱交換器の腐食が問題となる可能性があります。
(4) 作動ガスの種類と圧力レベルの選定

 作動ガスの種類(空気やヘリウム)および圧力レベル(大気圧あるいは過圧)は,エンジンの基本構造やシールなどの要素部品の構成に影響します。もちろん,製作コストやメンテネンス性にも大きく関係しますので,エンジン開発時には詳細な検討が必要です。
(5) 熱源の温度レベル

 温度が低い熱源を利用する場合,エンジン出力よりも交換熱量を増大させる構造となります(低圧縮比)。上述のように,ディスプレーサ形エンジンの行程容積比や2ピストン形エンジンの位相差を変化させるなど,使用する熱源の温度レベルによって,エンジンの基本構造が異なります。100〜400℃の熱源温度まで対応できるなど,広い温度レベルで作動するエンジンの開発はかなり難しいことが推測されます。
(6) ハーメティック化

 小型の発電用エンジンでは,発電機を圧力容器に内蔵し,外部シールをなくすことで高出力化を図るのが一般的です(ハーメティック化)。大型・低回転数のエンジンでは,フライホイールが大きいため,ハーメティック化が難しくなると考えられます。
 なお,発電以外の動力利用(空気コンプレッサ駆動や水ポンプ駆動等)も考えられます。


[Stirling Engine Dictionary]