海上技術安全研究所 構造基盤技術系 基盤技術研究グループ 造船工程におけるAR技術の応用・実用化に関する研究
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海上技術安全研究所 構造基盤技術系

造船工程におけるAR技術の応用・実用化に関する研究
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AR技術とは

 ARとは「Augmented Reality」の略で、一般に「拡張現実」と訳されています。 具体的には、カメラを通して見る現実の風景や物に、コンピュータを使って情報を重ね合わせて表示する技術です。 既に、観光地における名所旧跡の案内や、お店で在庫のない色の商品を身につけた自分を鏡に映し出すバーチャル試着システムなど身近なところで利用されていますが、 最近では、プラント工事や自動車のデザイン開発、ビルのメンテナンスなどの現場支援ツールとして、 専門性の高い作業におけるサポートツールとしての活用に注目が高まっています。



造船業におけるAR技術応用の背景

 造船業は、オーダーメードの物作り産業です。このため、製造する船の大きさや形状、使用される部位によって、鋼板に熱を加えながら曲げていく作業も、 その都度、求められる作業内容が変わってくるとともに、要求される曲げ具合も図面を見ただけでは非常にわかりにくいものとなっています。

曲げ加工作業の様子 曲げ加工作業の様子
曲げ加工作業の様子

 また、生産効率を高めるため、現在の造船所では非常に大きな船体を幾つかのブロックに分割し、個々のブロックを予め平たい地面で組み立てた後、 これらを船台やドックで接合する方法(ブロック工法)が主流となっています。この工法では、大型ブロックの接合箇所の精度管理は非常に難しいため、 設計段階では接合箇所の配管設計は行わず、ブロックを組み上げた後、現場で配管の計測、設計を行うことが一般的です。この工程は「現場合わせ」と呼ばれ、 一般商船では数百本の配管についてこの作業が必要となり、熟練者の経験と技術が要求されるものとなっています。

製造中の造船ブロック
製造中の造船ブロック

 造船業では、このような長年の経験に裏打ちされた職人の技が必要とされる工程が幾つもあります。 逆に、こうした造船工事の難しさと、これに的確に対応できる日本造船所の現場の高い技量が、円高、高い人件費や電気料金等、 六重苦とも言われる条件下、厳しい国際競争にさらされながらも、日本造船業が世界の主要造船国の一つとして、 また、地域の基幹産業として存続し続けられた理由ともなってきました。
 しかしながら、現場で働く熟練工の方々の高齢化や、今後の生産年齢人口の急速な減少を考慮しますと、 難しいノウハウを先輩から後輩への現場における技術伝承に委ねるだけでは不十分と考えられます。
 そこで本研究は、AR技術を活用して、従来、熟練工の方が多くの経験と知見をベースに実施されてきた難しい工程について、
 @比較的経験の浅い人でもこうした難しい工程を確実に実施する
 A短い期間で、高度な職人の技を習得するためのサポート
 B作業の安全・確実な実施に必要な情報を現場の作業者に確実に伝達する
ことを目的として行いました。



研究の概要

 本研究では、造船工事の中でも難しいとされる以下の二つの工程について、ARアプリケーションを開発しました。

 @ 曲げ加工支援ARアプリケーション
 造船における板曲げ加工は、典型的な匠の技と言われていますが、その理由として以下の事項があげられます。
 ・曲面の3次元形状がイメージしにくい
 ・目的曲面への成形プロセスの立案が難しい
 ・計画した成形プロセス通りに成形するのが難しい
 ・曲げ型を用いた仕上がりの形状計測が難しい
このため、タブレットPCのカメラを通して鋼板を見れば、どのあたりを、どれ位曲げていけば良いかと言うことが作業者に簡単にイメージできるアプリケーションを開発しました。

曲げ加工支援ARアプリケーションのイメージ図 実際のアプリ画面
曲げ加工支援ARアプリケーションのイメージ図(左)と実際のアプリ画面(右)

 現在のアプリケーションでは、板材を特定して作業内容のイメージを表示するために、マーカー板の上に複数設置していますが、 今後はこうしたマーカーを使わずに、板材のサイズや形状から使用される場所を特定できる手法を導入するなど、その改良を行っていくこととしています。

A 配管施工支援ARアプリケーション
 本ARアプリケーションは、以下の3つの機能によって構成されています。
  1) 画像計測を用いた位置計測
  2) 自動配管設計
  3) ARによる配管設計案の表示

配管施工支援ARアプリケーションの構成
配管施工支援ARアプリケーションの構成

 先ず、1)の位置計測では、タブレットのカメラを用いた画像計測技術によって、配管同士を接続する2つのフランジの相対位置を計測します。 具体的には、対象の配管を取り付ける両端のフランジにそれぞれマーカーを取り付け、これらのマーカーの相対位置を画像認識によって計測します。
 次に、2)の自動配管設計では、1)で計測したフランジの相対位置データを用いて、両フランジを接続するため配管設計を自動で行います。
 そして、3)の設計案の表示では、タブレット画面に、実際の現場の風景に配管の設計案を投影した画像を表示、作業者が直感的に設計案を確認することが可能です。

対象の現場合わせ管の様子タブレットPCをかざして見ている様子
配管設計案のAR表示の様子
配管施工支援ARアプリケーションの使用例
(左上:対象の現場合わせ管の様子、
右上:タブレットPCをかざして見ている様子、
下:配管設計案のAR表示の様子)

なお、実験の様子を以下の動画で見ることが可能です。


 本アプリケーションについては、今後の開発課題として、以下の機能を追加することにより、実用性の高いシステムを目指すこととしています。
  ・自動設計された配管設計案を実際の空間を背景にAR的に直感的操作(タッチパネル操作)で修正する機能。
  ・工場での配管製作で参照するための図面の作成機能
  ・ここで作成した配管3次元データを設計のCADデータベース等に送信し、船舶情報の共有化を図る機能



今後に向けて

 造船用ARアプリケーションについては、今回紹介したものの他、造船所の艤装工事(船内に各種機器を取り付けていく工事)の作業支援や工程管理を行う新しいアプリケーションを現在開発しています。 今後は、これらの開発したアプリケーションを実際の造船現場に導入し、造船所の生産性向上に貢献することを目指して研究に取り組んでいます。



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