地球規模の大気汚染、海洋汚染等の環境問題が深刻になってきています。船舶 技術研究所では、このうち船舶による大気汚染、海洋汚染の研究を重点的に行っ ています。この研究を担当しているグループに研究の概要や現状について語って もらいました。(出席者は、機関動力部;塩出敬二郎、菊地正晃、西尾澄人、装 備部;山岸進、山之内博、間島隆博 敬称略)

Q: 大気汚染に関して船舶分野でどのような課題がありますか

舶用ディーゼルエンジンから放出される窒素酸化物、硫黄酸化物、微粒子の 低減が当面の大きな課題です。特に、窒素酸化物と硫黄酸化物は、酸性雨の原因 になるため、それらの低減は重要です。IMO(国際海事機関)でもこれらの物質の 排出量を規制しようとしています。(塩出)

Q: どのようにして低減させるのですか

硫黄酸化物に対しては燃料から脱硫する方法と排煙から脱硫する方法があり ますが、後者は船上では大変コストがかかるため、前者の方法が使用されます。 窒素酸化物は、燃料が燃焼するときの温度をできるだけ低くしたり、燃焼時間を できるだけ短くしたりすることによって削減することができます。ただ、これら の方法では、一般的に燃焼の効率が悪くなるので、工夫が必要です。当研究所で は現在、水エマルジョン燃料(水と油(C重油)の混合した燃料)を使用して燃 焼温度を下げ、窒素酸化物の排出を抑制する方法を研究しています。この燃料は 、燃焼しにくいのですがエンジンの燃焼室にセラミック断熱材を使用し、燃焼時 間を制御することで、通常の燃料と同じ効率でかつ窒素酸化物の排出を少なくす ることができます。(塩出)

Q: どのくらい低減できるのですか

窒素酸化物を約30%低減できます。(西尾)

写真1 実験用4サイクル舶用ディーゼルエ
ンジン。水エマルジョン燃料を使用して排ガ
スの中のNOXを低減する。

Q:船から実際にどの程度大気汚染物質が排出されているか調査する方法はあ りませんか
 船舶から排出される窒素酸化物と硫黄酸化物の量は地球全体の総排出量のそ れぞれ7%及び4%を占めるという報告がありますが詳細にはわかっていません 。実際に舶用機関からの排ガス成分を測定するために、今年度から海上保安庁と 共同で研究を開始しました。(菊地)
 大気汚染物質を測定するには地球規模のグローバルな観測が必要です。その ため、レーザーレーダー(ライダー)と呼ばれる装置を使用すれば大気中の汚染 物質がどのように広がるかあるいはどのくらい大気中にあるのかを知ることがで きます。(山岸)

写真2 左から機関動力部菊地正晃室長、西尾
澄人研究官、桑原孫四郎主任研究官、塩出敬二
郎室長


Q: ライダーをもう少し詳しく説明してください

 航空機用のレーダーは、マイクロ波とよばれる非常に短い波長の電波を使用 していますが、大気汚染物質のような非常に小さい物質ですとマイクロ波は通り 抜けてしまいます。しかし、マイクロ波の代りにレーザーを使用しますと、これ はもともと光ですので非常に小さな物質であっても反射します。反射光を計測す ることで、どのような物質がどの程度広がっているかを知ることができます。こ のようなレーザーを用いたレーダーをライダーと呼んでいます。(山岸)

Q: 大気汚染も重要ですが油流出による海洋汚染なども地球規模の重要な環 境問題だと思うのですが

 そのとおりです。湾岸戦争で流出した油は国境を超えて広がり、炎上による 煤煙は上層気流に乗り、はるかかなたまで運ばれました。また、タンカーの油流 出事故では、1989年にアラスカ湾で起こったあのエクソンバルデス号の事故は記 憶に新しいと思います。こうした事故が一度起こりますと、海洋に放出された汚 染物質は、境界のない海と大気により運ばれるので、大きな問題となります。( 山之内)

写真3 衛星による画像データ処
理結果湾岸戦争により流出した油
の拡散状況。(1991年2月16日)
茶色の部分は半島を表わし、赤色
が流出した油。


Q: 油汚染を防止するにはどういう技術的な対策が必要ですか。また、その ためどういう研究を行っていますか

 2つの対策がとりあえず必要です。第1には、タンカーを衝突あるいは座礁 しても油を流出しない構造にすることと、第2には油流出後にいかに素早く油を 回収できるかです。
 タンカーの構造に関しては、エクソンの油流出事故で米国は国内法を改正し てタンカーの外板を二重にする(ダブルハル方式)こととし、IMOにも提案しま した。当所は運輸省や関連団体と一緒にダブルハルミッドデッキ(中間甲板)、 バキューム(タンク負圧)の各方式について、事故時の油流出低減効果や構造問 題を検討し、その結果は日本案としてIMOに提案されました。(山岸)
 後者に関しては、流出油は、風、波、潮流などの影響でどんどん広がって行 きますので、できるだけ早くオイルフェンスを張り海岸への油の漂着を防ぐとと もに油回収船などで回収処理する必要があります。流出油がどのように広がって いくのか、またオイルフェンス、回収船をどのように配置すると良いのかなどを コンピュータで素早く計算するシステムの研究も行っています。(間島)

写真4 CFD(計算流体力学)を用いた流出油
の拡散シミュレーション


Q: 最後に、研究の将来について意見をお聞かせください

 環境研究にとっては、地球規模の観測データの共用も重要です。世界的なネ ットワークであるインターネットとの接続など、情報のインフラを整備して、地 球規模でのデータの共同利用の推進を図る必要があります。(山之内)
 産業構造を効率重視から環境重視に転換しなければならないと思います。環 境研究は地味なため開発研究に比べて低く見られがちですが、今後は当研究所に とっても重要な研究課題として取り組む必要があると思います。(西尾)
 船が出す汚染物質はすべて船で処理することが基本的に重要です。そのため 、船上環境浄化システムの開発が必要です。環境というと上からの政策で規制さ れるものと考えがちですが、一人一人が環境問題を意識することからの行動がな により必要だと思います。(間島)

写真5 左から装備部間島隆博研究官、山之内
博主任研究官、山岸進室長