研究紹介

EMC予測法に関する研究グループ

近年、電子機器を搭載した機械類が、無線機等の電波によって誤動作を起こし、人身事故に至るなどの報告が増え始めて社会問題となっています。船舶においても多くの電子機器が搭載されるようになりEMC(Electromagnetic compatibility:電磁環境適合性)問題は安全航行を確保する上での重要な課題となっています。今回はこの研究を行っているグループの大阪支所の吉田さん、山根さんと装備部の樋富さんに研究の背景や現状について語ってもらいました。

Q:始めにEMCという概念について教えて下さい。
A:オートバイなどが近くを通った時、TV画面に点線状の乱れが現れる事があります。こういう現象で代表される電波障害の防止という観点から、EMCの考え方が始まりました。「電気・電子機器からの放射ノイズや伝導ノイズが他の機器に障害を与えることなく、またその機器自身も、他からの放射ノイズなどの影響を受けて誤動作や性能の劣化が生じない耐性を持つこと」について追求しようというのが、EMCの基本的な概念です。(吉田)

Q:自動車、飛行機、医療機器寺のEMC問題は最近私たちもよく耳にするようになりましたが、船で大きな事故につながった例はあるのでしょうか?
A:今のところは、幸い大きな事故は知られていません。と言うのも、船船そのものが比較的冗長性のあるシステムとなっていて、一瞬にして制御不能に陥るということはないからです。(吉田)
 障害例としては、機関の調速装置である電子ガバナの誤動作が知られていますし、私達が計測中に経験した例では、船が陸岸に接近した時に古い型のGPSの機能が停止してしまったことがありました。また、新潟港で、入港しつつある船にクレーンからのものらしいノイズが入って、一時的に操縦不能になった事があると聞きます。狭水道通過時や接岸時など、タイミング次第で事故につながりかねません。国外では、国際VHFなど無線機使用に際して、オートパイロットやウインチが誤動作したというオランダの報告があり、それがきっかけとなってSOLAS条約を改正して、規制を厳しくしようという動きにつながっています。(樋富)

Q:それでは、船舶に関するEMC規制の状況をもう少し教えて下さい。
A:航海機器に関するものとして、IEC(国際電気標準協会)945規格があります。特に156-165MHz、400-470MHzのような緊急通信に使用される周波数帯域での放射電界強度の規制値は、他産業でのそれに比べ約10倍厳しい値となっていますo外来ノイズ耐性についてもIECIOOO番台にたくさんの基準があります。大きく分けますと、放射性ノイズ(電波)に関するもの、伝導性ノイズに関するもの、さらには電源の質、つまり周波数安定性、高調波歪みなどに関する基準などです。現在は、新しい基準が追加されつつある過渡期といえます。(山根)

Q:具体的こ大阪支所のとり<みについてお聞かせ下きい。
A:EMCのルールはヨーロッパ主導の、しかも陸上での規制がべースになっていて、必ずしも船の現状にマッチしたものばかりではありません。そこで私たちは、船舶に適用する各種のEMC規制値の妥当性を検討するために、船内外の電磁環境の現状を把握し、それらをデータベース化する作業に取り組んで来ました。船舶が外部から妨害を受ける可能性が高いのは陸岸に近づいた時です。特に港湾は都市部に隣接していることが多く、極端な話、強力な無線機を積んだ車の通る橋の下を <ぐることもあり得ます。手初めに大阪湾岸での電磁環境計測を行いました。結果は場所により、IEC945規格が船上使用の航海機器に求めている耐性限度値と同等レベルの電界強度があることが分りました。このことから、陸岸近くの電磁環境が船にとって厳しいものであることが再確認できた訳です。(山根)
 また、関西空港対岸で、空港のできる前と後に測定しましたが、開港後の電界強度(写真参照)が開港前のほぼ2倍になっていました。このように、何か施設ができると環境も変化するので、常に最新の情報が必要だろうと考えています。そうした環境に対する船側の実情も調査しなければなりませんので、航海訓練所、神戸商船大学さらに弓削商船高専の練習船を使わせて頂いて、各種データを集めています。今秋には民間の大型フェリーを使って船橋内放射ノイズの実態調査と、航行海域の電磁環境測定を計画しています。(吉田)


Q:現在、EMC関し、最も重要な課題はどんな点でしょうか?
A:先程も申しましたが、陸上の現象をベースにEMCの規則が整備されつつありますので、船の側から見てどこに問題があるのか、ということを考える必要があると感じています。そのーつが、今出てきている規制値の妥当性という問題です。現在の規則は、電気・電子機器の種類や使用周波数ごとに様々な規制値を設けていますが、どの程度の強度の、どんな種類のノイズが対象物(例えば GMDSS「世界的な海上遭難通信及び安全システム」を構成する電子機器等)に誤動作を起こさせるのか、実際にシールドルームを使って調べようとしています。 (山根)
それから、各機器の相互位置関係の問題があります。船舶で使われる電気・電子機器は、暴露甲板で使う無線機などを除けば、鉄板で囲まれた船内空間に設置されている状態です。そうしますと、機器から出た放射ノイズが鉄壁で反射を繰り返し、室内にスタンティングウェーブ、定在波といいますが、電界の強い部分と弱い部分ができます。各機器単独の放射レベルや耐性が要求値を満たしていても、実際に配置される室内での機器相互の位置関係では、それを越える可能性もあるわけです。こういう場合の規制の考え方は今のところ固まっていませんので、早く資料を提供する必要があると考えています。まとめますと、まず各機器の電磁的特性を把握すること、そしてそれらが配置される船橋など室内の電界分布を数値計算でシミュレーションする手法を構築することなどが重要課題なのです。(樋富)

Q:最後に今後の予定と展望を。
A:今日の話の中でほとんど触れていませんが、船の電力系統は、その船一隻で自己完結したシステムですので、船ごとの電源の質も問題となります。そのため、船内電源の高調波の測定も行っていますが、なかなか稼働中の船の配電盤に首をつっこめる機会が少なく、データを得にくいのが難点です。また、これまでは、設備の関係もあって、主として2GHz程度以下の電磁波を対象に計測をしてきましたが、特に船舶ではレーダ-波の問題もありますから、2GHz以上の電磁波も含めて、電磁環境の現状に関するデータをできるだけ沢山集めることが必要だと考えています。こうしたデータの蓄積や、数値解析による室内電界分布予測法の開発などによって、船舶搭載電気・電子機器の電磁ノイズに対する安全性の確保に役立ちたいと思っています。と同時に、ますます重要さを増すEMC規制においても、妥当な基準や試験法の提案もしていかなければならないでしょう。(吉田)
 電気・電子機器を欧米に輸出しようとする中小の船用品メーカーは、EMCに関し情報的にも試験設備等にしても、個々には対応仕切れない面があります。私達は、本研究で得られた資料及び関連情報を出来るだけ広く提供していきたいと考えています。(樋富)

         
  弓削丸ブリッジでの計測風景     大阪支所吉田室長(左)、
(左端 大阪支所山根主任研究官)   装備部樋富室長