フリーピストンスターリングエンジン
通常の内燃機関は,燃料の爆発による圧力上昇を利用して運転しています。一方,スターリングエンジンは,作動ガスが熱交換器内を移動することに伴う圧力変化を利用していますので,クランク軸やフライホイールを取り付けることなく,ピストンの往復運動を実現できます。そのようなクランク軸を持たないスターリングエンジンが「フリーピストンスターリングエンジン」です。
ピストン駆動機構の有無によるスターリングエンジンの分類
クランク機構などのピストン駆動機構を持たないスターリングエンジンを「フリーピストンスターリングエンジン」と呼びます。それに対して,通常のピストン駆動機構を持つエンジンを「キネマティックエンジン」と呼びます。また,特殊な例として,ディスプレーサを電気モータで駆動し,ピストン駆動機構を持たないパワーピストンを振動させて動力を取り出すエンジンを「セミフリーピストンスターリングエンジン」と呼ばれる形式があります。

(a) キネマティックエンジン |

(b) フリーピストンエンジン
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(c) セミフリーピストンエンジン |
フリーピストンスターリングエンジンの構造
フリーピストンスターリングエンジンは,各ピストンにクランク機構を持たないエンジンです。そのため,エンジンの小型化並びに機械損失低減による高効率化が可能であるという特徴があります。通常のフリーピストンエンジンは,各ピストンに機械ばねあるいはガスばねを取り付け(復元力),ピストン質量(慣性力)と負荷(粘性力に相当)との兼ね合いにより,共振周波数で運転します。
振動系の兼ね合いにより適切なピストンストロークが得られ,さらに各ピストンに適切な位相差が生じた場合,通常のキネマティックスターリングエンジンと同一の作動空間を構成します。 |

フリーピストンエンジンの概念図
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フリーピストンスターリングエンジンの解析
フリーピストンエンジンは,キネマティックエンジンと異なり,運転条件によってピストンのストロークと位相差が変化します。そのため,このエンジンの解析はかなり複雑になります。
解析方法の概略は,ディスプレーサとパワーピストンのそれぞれに作用する外力(圧力差),慣性力,復元力および粘性力を考慮し,それぞれの運動方程式を解きます。ストロークと位相差が求められれば,作動ガスの熱的な特性はキネマティックエンジンと同じなので,通常の解析手法を使うことができます。 |

フリーピストンエンジンの解析モデル
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解析結果と実験結果
実験用セミフリーピストンエンジンにおいて,簡単なシミュレーションと実験結果とを比較した例を紹介します(右図)。この例の場合,水中でフィンを動かすというやや特殊な負荷の与え方をしています。負荷の見積もりが難しいこともありますが,シミュレーション結果のストロークや共振周波数は,実験結果の2倍程度にもなっています。開発経験やノウハウの有無にもよりますが,フリーピストンエンジンの性能予測は極めて難しいのが実情です。
リンク:実験用セミフリーピストン形スターリングエンジン |
フリーピストンスターリングエンジンの課題
上述の通り,フリーピストンスターリングエンジンには,エンジンの小型化並びに機械損失低減による高効率化が可能であるという特徴があります。一方,以下のような開発の難しさもあります。
(1) ストローク制御
フリーピストンエンジンは,ピストンのストロークが負荷変動や運転条件(温度や圧力)によって変化します。ストロークの変化は,エンジン出力に大きく影響しますので,エンジン設計にはかなりの経験(ノウハウ)が必要になるものと考えられます。
また,高い周波数で運転するエンジンでは,ピストンストロークが増大し,シリンダ端面に衝突することを避けなければなりません。ピストンの中心位置(振動の中心)を何らかの方法で制御する必要があります(例えばピストン背面空間の圧力制御)。
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(2) 負荷変動
エンジン運転中に負荷変動が生じた場合,キネマティック形スターリングエンジンではエンジン回転数が変化するだけで,エンジンが運転不能になることはほとんどありません。一方,フリーピストン形エンジンでは,振動系の共振周波数付近でのみ運転可能であり,運転範囲が非常に狭いと言われています。したがって,過度な負荷変動が生じると,エンジンは運転不能となります。安定した負荷が要求されるだけでなく,ある程度の負荷変動にも対応できる振動系の調整が必要になると考えられます。 |
(3) 高効率リニア発電機の開発
出力の取り出しに用いるリニア発電機が,一般の回転式発電機と比べて,発電効率の点で劣ることが課題の一つとしてあげられます。しかし,最近の高性能磁石の開発等により,発電効率は大幅に改善されつつある状況です。
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(4) 開発経験とノウハウ
フリーピストンエンジンの設計・開発は,キネマティックエンジンよりもかなり難しく,多くのノウハウを必要とします。実用レベルの高性能フリーピストンエンジンを開発している有名メーカーは,Sunpower社(USA)とStirling Technology Company(USA)の2社だけです。各国の研究所や大学等で研究がされている高性能フリーピストンエンジンのほとんどはどちらかのエンジンであると言ってもよい状況です。なお,日本国内でのフリーピストンエンジンの開発事例は,模型エンジンを除いて,ほとんど皆無です。
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[Stirling Engine Dictionary]
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