海上技術安全研究所におけるスターリングエンジンの研究



 海上技術安全研究所(旧船舶技術研究所)では,30年ほど前からスターリングエンジンの研究を進めてきました。主な研究項目としては,
(1) ピストンリングの摩擦力とガス漏れの影響
(2) 熱交換器における圧力損失の影響
(3) スターリングエンジンの制御におけるエンジン動特性
(4) 海中動力用スターリングエンジン
(5) 小型スターリングエンジンの設計手法
(6) 特殊な熱交換器の開発
などがあげられます。



初期の実験用スターリングエンジン

 まだ日本でスターリングエンジンの研究がほとんど行われていなかった1970年頃,私たちはスターリングエンジンの研究を開始しました。右図のエンジンは,当時試作した実験用エンジンです。クランクケースには汎用ガソリンエンジンを流用した簡単な構造のものです。このエンジンを用いて様々な実験を行い,その後のスターリングエンジンの発展へとつながりました。

初期の実験用スターリングエンジン

逆T形スターリングエンジンの開発

 右の写真は1978年頃に開発した逆T形スターリングエンジンと呼ばれる実験用エンジンです。180°に対向した高温シリンダと低温シリンダ,さらに90°の位相差を設けられたパワーシリンダ(高温)の3つのシリンダで構成されています。このエンジンは,クランクケース全体が加圧される構造となっており,外部とのシールにはメカニカルシールが使用されています。作動ガスの圧力は最高100気圧となるように設計されています。得られた出力は4馬力程度で,これは設計出力の半分程度ですが,当時の本格的スターリングエンジンとして多くの成果が得られています。

逆T形スターリングエンジン

ピストンリングの研究

 上記の実験用スターリングエンジンの開発とともに,1980年頃からスターリングエンジン用シール,特にピストンリングの研究を進めてきました。様々な新しい形式のピストンリングを考案し,そのシール特性や摩擦特性,さらにエンジンの性能に及ぼす影響について詳細に調べられました。
 右の写真はピストンリングやロッドシールの性能試験に用いられた要素試験機です。クランクケースには汎用ディーゼルエンジンのものが流用されており,かなり大型のシールにも対応することができます。

要素試験機

2kW級実験用スターリングエンジンの開発

 1985年頃からさらに高性能なスターリングエンジンの研究・開発を開始しました。右の写真は2kW級実験用スターリングエンジンです。エンジン形式はβ形と呼ばれるディスプレーサとパワーピストンの2つのピストンが同一シリンダに配置された形式です。ヒータ及びクーラにはバヨナット形と呼ばれる二重管構造の小型熱交換器が採用されています。概ね設計出力である2kWの出力を達成し,後述する制御シミュレーションの開発にも大きく貢献したエンジンです。

2kW級スターリングエンジン

動特性シミュレーション

 上述の2kW級実験用スターリングエンジンの開発と同時にエンジン制御に着目した動特性シミュレーションの開発を行いました。このシミュレーションは,エンジン内圧力や温度の変化に伴う出力特性をシミュレートするもので,これによりスターリングエンジンの挙動を解析することができます。
 具体的には,作動空間の熱変化を断熱変化と仮定し,作動空間内部の圧力変化を計算し,それに基づき回転トルクの運動方程式を解くことで,エンジン回転数や出力をシミュレートします。したがって,運転中に外部から作動ガスを封入し,エンジン内圧力を上昇させた場合にエンジン回転数や出力がどのような挙動を示すのか,また運転中に負荷が破損し無負荷の状態になった場合の回転数の急激な上昇による危険度などを評価することができます。

動特性シミュレーション結果の一例

海中動力用スターリングエンジンの研究

 スターリングエンジンは,高効率を達成することができ,さらに内部での爆発がなく連続燃焼を利用できるため,海中動力源として適していると言えます。すなわち,高効率であるため,現在のバッテリと電機モータを利用したシステムよりも長時間の航行が可能となり,また連続燃焼であるため,排ガスの海中への放出が容易になるという特徴があるためです。
 当研究所では,1991年頃から海中動力用スターリングエンジンに関連する研究に着手し,いくつかの海中調査船の動力システムの提案を行いました。また,排ガスの一部を再利用するCGR燃焼の研究も行いました。

スターリングエンジンを搭載した海中調査船(概念図)

100W級小型スターリングエンジンの開発

 1995年より,エンジンの小型化を目指して,特殊な熱交換器を採用した100W級小型スターリングエンジン「Ecoboy-SCM81」の開発を開始しました。このエンジンは,(社)日本機械学会RC127研究分科会のもとで設計・開発がなされ,船舶技術研究所と埼玉大学工学部で詳細な実験が行われました。約10気圧のヘリウムを封入し,目標出力の100Wを達成しています。
 このエンジンの実験結果に基づき,機構部やシール部の機械損失やクランクケース内で生じる熱的損失を含めた詳細なシミュレーションモデルを構築することができました。

100W級小型スターリングエンジン

小型スターリングエンジンと魚ロボット

 スターリングエンジンは高熱効率性,低公害性,燃料の多様性など非常に優れた特徴を持つエンジンですが,その問題点として,出力あたりのエンジン重量が大きいこと,熱交換器の製作コストが高いことがあげられます。1998年より,それらの問題点を解決するため,様々な新しい技術を導入した50W級小型スターリングエンジン「Mini-Ecoboy」の開発を進めています。このエンジンは,熱交換器の大幅な簡略化と従来のスターリングエンジンよりもかなり高いエンジン回転数で動作させることを設計コンセプトとしています。目標出力は50W/4000rpmです。
 また,1999年より,スターリングエンジンの一つの用途として,魚の泳法を模擬する海中ロボット(魚ロボット)への適用を検討しています。これに使用するスターリングエンジンはセミフリーピストン形と呼ばれる特殊な形式であり,機械損失の大幅な低減が見込まれています。

小型熱交換器を採用した実験用エンジン


[ Stirling Engine Dictionary ]
このページに関するお問い合わせはkhirata@nmri.go.jpまでお願いします