講義ノート:もの作りのための機械設計工学
第6章 歯車機構の設計
6.4 歯車機構の設計例
本節では,歯車を使ったいくつかの機械を紹介し,歯車を選定する際や歯車機構を設計する際の留意点について説明する。
6.4.1 人力ボートの動力伝達機構
図6.21および図6.22は,人間の力で推進する競技用ボートである。双胴船の上に自転車と同じような形状をしたフレームを取り付け,ペダルを回転させる動力を水中のプロペラに伝達している。
図6.21 人力ボートの外観

図6.22 人力ボートの構造
このような伝達機構を設計する場合,歯車機構の他にも,ベルトやチェーンなどを使う伝達機構が考えられる。まずは,どのような伝達機構を利用できるのか,そしてどのような機構が最も適切なのかを十分に検討することが重要である。本人力ボートの場合,歯車機構を利用することで,回転軸の向きを簡単に変えることができること,水中に沈むステー部分を細くできること(水の抵抗を小さくできる)などの理由により,フレーム後部とプロペラ部に歯車機構を用いている(図6.23)。

図6.23 人力ボートの歯車機構
人力ボートのデモンストレーションビデオ(MPEG1,3.6MB)
6.4.2 模型車いすの歯車機構
図6.24は船舶バリアフリーの研究のために設計・試作した模型車いすである。本模型車いすは,船舶のような動揺した走行路面や傾斜した走行路面で走行実験するために開発したものである。動力伝達機構の設計条件としては,傾斜角が10度の登り坂を走行できることである。
手動車いす模型の開発
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図6.24 模型車いす
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本模型車いすにおける駆動機構の設計手順は概ね以下の通りである。
(1) 大まかな車輪寸法(縮尺)と走行速度を決め,傾斜角が10度の登り坂を走行するために必要な車軸のトルクおよび出力を求める。
(2) 模型車いすの寸法などを踏まえて,使用するモータを選定する。
(3) モータの定格回転数や定格出力を参照し,適切な減速比を求める。なお,機構部や走行路面の摩擦損失などを考えない場合,かなり余裕がある設定でなければならない。
(4) 歯車の具体的な配置を決定する(図6.25)。必要に応じて,歯車の強度について検討する。
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図6.25 模型車いすの歯車機構
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6.4.3 魚ロボットの歯車機構
図2.14に示した魚ロボットの歯車機構(図6.26)は,(i) 直流モータ,(ii) 歯車減速機構,(iii) 回転運動を往復運動に変換するための機構,(iv) 水密のためのシール機構,(v) 往復運動を尾部へと伝えるための連結機構から構成されている。以下,歯車減速機構の設計手順について概説する。詳細については,下記のホームページを参照していただきたい。
実験用魚ロボット「UPF-2001」 〜パワーユニットの詳細〜

(a) 構造
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(b) 外観
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図6.26 魚ロボットの歯車機構
(1) 最大トルクの見積もり
流体力学的な検討を行い,尾ひれを設定した周波数で運動させる場合の最大トルクを求め,負担が大きい要素部品(歯車,軸,ボルトなど)について検討する。
(2) 平均出力の見積もり
同様に,平均出力(W)を求め,使用可能なモータを選定する。
(3) 減速比の選定
モータの特性を踏まえて,歯車機構の減速比を決める。
(4) 歯車の構成
機構の小型化や他の要素とのバランスを考え,具体的な歯車構成を検討する。本魚ロボットでは,一対のかさ歯車と4枚の平歯車を用いることとした。
なお,実際には,これら全ての機構や魚ロボット全体の構造との兼ね合いを考えながら設計を進めなければならない。
6.4.4 スターリングエンジンのピストン駆動機構
図6.27は,歯車を利用したピストン駆動機構を持つスターリングエンジンである。図6.28に示す機構は,ロンビック機構と呼ばれ,ピストンを直線運動させるために使われる。本機構では,2枚の歯車の回転運動に合わせて,2つのピストンが上下運動を行う。ピストンを理想的に運動させるためには,左右の歯車やリンク機構が高い精度で運動させる必要がある(図6.29)。このような機構では,歯車の強度についての検討は比較的簡単であるが,歯車のバックラッシ(6.2節参照)や歯車に取り付けるピンの位置精度などが問題となる。
50W級スターリングエンジン「Mini-Ecoboy」
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図6.27 スターリングエンジン
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(a) 構造
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(b) 外観
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図6.28 ロンビック機構

図6.29 ロンビック機構の運動
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