講義ノート:もの作りのための機械設計工学
第9章 機械システム設計

9.3 人力水中翼船の設計



 前述したように機械工学科では様々な科目を学ぶ。その中でも熱力学(伝熱工学)と流体力学の知識を利用する機械設計は,様々な仮定のもとで理想化された計算を行うか,あるいは理想的な環境で行われた実験式を利用することが多く,実際の機械の特性に一致しないことが多い。以下,流体を利用した機械設計の失敗例として,人力水中翼船を紹介する。



9.3.1 人力水中翼船の構造

 図9.16に人力水中翼船の基本構造を示す。図6.21および図6.22に示した人力ボートとほぼ同様の構造であり,双胴船の上に自転車と同じような形状をしたフレームを載せている。ペダルを漕ぐ力は,チェーンおよび歯車機構を介して,水中プロペラへと伝わる。プロペラ取付部の近くには,翼が取り付けられており,ある速度を超えると,船体が水面から持ち上がる。船体の前方には翼の水深を一定に保つための簡易的な制御装置が取り付けられている。水中翼船の最大の利点としては,船体が水面から持ち上がることで,船体と水との間の摩擦抵抗が大幅に低減できることである。


図9.16 人力水中翼船の基本構造

翼について
 翼が周囲に流れがある環境に置かれると,図9.17に示すように揚力と抗力が発生する。飛行機などでは,エンジンによる推進力により,周囲の流れを発生させ,主翼の揚力が重力を上回ることを利用して飛行している。実際に翼を利用する場合,理想的な環境下で行われた揚力と抗力の実験結果(あるいは実験式)を利用して,翼の形状や寸法を決定するのが普通である。通常,そのような実験結果は無次元化された係数で表されており,流体の速度や流れに対する翼の角度(迎角,アタックアングル)の影響が記されている。翼を利用した機械としては,飛行機や水中翼船の他,飛行機や船のプロペラ,ラダー(舵),ガスタービン,帆船(ヨット)などがある。

図9.17 翼の揚力と抗力


9.3.2 人力水中翼船の設計と性能

 設計時には,船体の重量や重心を見積もり,それに見合った翼の形状,寸法(長さ),位置および角度などを決定した。また,翼の設計と同時に,プロペラやフレーム,駆動機構の設計を進めた。
 図9.18に人力水中翼船の外観を示す。人力水中翼船を試作した後,何度もの試走を行い,翼や船体取付位置を調整した。そして,所定の速度に達すると,船体は水面から浮き上がるようになった。しかし,船体が浮くことによる摩擦抵抗の低減あるいは速度上昇を感じることはできず,人間の脚力では数秒間しか浮上を維持できなかった。
 なお,200 mの直線距離を走行する際,翼を取り付けない場合は約55秒,翼を取り付けた場合は1分14秒であった。船体は水面から浮かした状態を数十mしか維持できなかったため,途中で船体が着水してしまい,船体が船体と翼の摩擦抵抗の両方を受けてしまったためである。

人力水中翼船のムービー(MPEG1,1.4MB)


(a) 完成直後の人力水中翼船

(b) 調整中の人力水中翼船

(c) レース前の人力水中翼船

(d) 走行時の人力水中翼船(左から2番目)

図9.18 人力水中翼船



9.3.3 まとめ

 設計・試作した人力水中翼船は,翼の揚力を利用して船体を浮上させることができたものの,システム的な性能を向上させることはできなかった。失敗の原因としては,船体が重く,大きい翼を必要としたこと,翼の抗力が人間の脚力による推進力と比べて大きかったこと,適切な加速ができるプロペラが開発できなかったことなどがあげられる。このような失敗例からもシステム設計の重要性がわかる。


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