小型スターリングエンジンの設計手法と性能予測法に関する研究
小型エンジンの性能評価
解析モデルについて
詳細なエンジン特性を評価し、エンジン性能の向上策を検討するには、図示出力ばかりでなく、軸出力も含めて正確に予測する必要があります。そのためには、正確に図示出力を評価することはもちろんのこと、駆動機構における機械損失やバッファ空間における非可逆的熱変化であるバッファ損失を適切に評価する必要があります。しかし、図示出力、すなわち作動空間内のガス圧力の解析手法についての報告は多数ありますが、バッファ損失や機械損失の解析手法についての報告例はほとんどありません。特に、本研究で対象としている可搬式の小型ポータブル発電機に用いるエンジンでは、エンジンを小型化するため、バッファ空間をできるだけ小さくする必要があります。そのことにより、バッファ損失は増大し、エンジン性能に大きく影響すると考えられるため、その評価方法が重要となります。
本解析モデルは、従来ではあまり評価されることがなかった、バッファ損失を考慮した、小型エンジンの性能評価に適した解析モデルです。
作動空間内圧力
右の図は、本エンジンの解析モデルを示しています。作動空間内圧力は、作動空間をヒータを含む膨張空間、再生器、クーラを含む圧縮空間、連結空間、そして、パワーピストン空間の5つの空間に分割した等温モデルより求めています。
作動空間のガス圧力に影響する熱・流体的な損失として、ピストンリングや軸シールからの作動ガスの漏れ、ヒータ、再生器及びクーラの圧力損失、さらに、再生器端部の流路断面積の拡大・縮小の影響を考慮しています。
バッファ損失
バッファ損失は、バッファ空間における非可逆的な熱損失であり、バッファ空間の圧力及び容積変化から求められます。
バッファ空間には発熱を有する多くの機械部品が含まれています。そのため、バッファ空間の壁面や内部のガスの温度分布は極めて複雑となり、内部のガスの伝熱を詳細に評価することは難しくなります。
本解析モデルでは、バッファ空間のガス圧力の計算に、等温モデル、断熱モデル並びにバッファ空間の壁面からの伝熱を簡易的に考慮した伝熱モデルの3種類の計算手法を用いることによって、バッファ損失の評価手法を検討しています。
(1) 等温モデル
等温モデルでは、バッファ空間内のガス温度がサイクル中、常に一定であるので、バッファ圧力は簡単に求められます。
(2) 断熱モデル
断熱モデルでは、バッファ空間におけるエネルギ式を解くことで、バッファ空間内ガス温度及び圧力を求めます。
(3) 伝熱モデル
伝熱モデルでは、バッファ空間内部で伝熱に寄与する壁面の温度が一定に保たれると仮定します。そして、エネルギ式を解くことでバッファ空間内ガス温度及び圧力を求めます。壁面と内部ガスとの熱伝達は、ユニット数の値を適宜仮定することで求められます。
機械損失
試作したエンジンにおける機械損失の要因は、右図に示されているように、ピストンリング、リップシール、オイルシール、メカニカルシール、そして、それぞれの軸受であります。本解析モデルでは、機械損失は、摺動部に作用する垂直荷重だけに影響されるクーロン摩擦損失と、摺動部の速度だけに影響を受ける粘性摩擦損失とで成り立っていると考えます。
クーロン摩擦損失は、それぞれの作動部に作用する荷重を計算することで、比較的容易に計算することができます。
一方、粘性摩擦損失は、メカニカルシールの潤滑油、軸受内のグリースなどが要因となるが、この損失は作動部の温度等の影響を顕著に受けるため、解析的にこの粘性摩擦係数を求めることは困難です。
そこで、本解析モデルでは、実機を用いた予備実験を行って、その結果から粘性摩擦係数を設定しました。右図は、作動空間の平均圧力を0.5 MPaから0.9 MPaとした場合の、回転角速度ωと摩擦トルクの実験結果を示しています。これらの結果から粘性摩擦係数は9.0×10-4 Nmsとなることがわかります。
図示出力及び軸出力
以上で求まる作動空間の圧力を用いて、図示出力Liが求められます。また、軸出力は、図示出力からバッファ損失と機械損失を差し引いた値となります。
計算と実測との比較
以上の解析モデルの妥当性を検証するために、右表の実験条件で実験を行いました。作動ガスには、ヘリウムと窒素を用いています。
バッファ損失
下図は、エンジン回転数とバッファ損失との関係を示しています。これより、等温モデル及び断熱モデルより求めた計算結果は、実測と比べて非常に小さく、バッファ空間の解析に適していないことがわかります。一方、伝熱モデルによるバッファ損失の計算結果は、ユニット数Ntuを0.1とした場合に、計算と実測とが比較的よく対応しているのがわかります。したがって、バッファ損失は本研究で提案した伝熱モデルを用いることで、概ね評価できると考えられます。
機械損失
右図は、エンジン回転数に対する機械損失を示しています。これより、機械損失は、クーロン摩擦損失の占める割合は非常に大きく、エンジン回転数が低い場合には、機械損失のほとんどがクーロン摩擦損失となっていることがわかります。そして、機械損失はクーロン摩擦損失と粘性摩擦損失とで成り立っているという考え方は、実状をよく模擬できることがわかり、本解析モデルの妥当性が確認されました。
図示出力及び軸出力
右図は、エンジン回転数と図示出力、軸出力との関係を示しています。これより、図示出力及び軸出力の計算結果は実測結果とよく一致しており、作動ガスの違いによる出力特性の相違をよく示している、ということがわかります。
以上より、本解析モデルは、図示出力ばかりでなく、軸出力も適切に予測できることがわかりました。
シール性能がエンジン性能に及ぼす影響
次に、シール装置の摩耗特性を模擬するため、シール性能がエンジン性能に及ぼす影響を調べる実験を行いました。右図に示すように、作動空間とバッファ空間との間にバイパス管を設け、その経路の途中に設けられたノズルの直径を変化させて作動ガスの漏れを調整します。
右図は、ガス漏れの等価直径と軸出力及びバッファ損失との関係を示しています。実測におけるガス漏れの等価直径は、実機を用いた静的な漏れ試験によって求めています。
これより、等価直径が約0.7 mm以上になると、作動ガスに窒素を用いた方が、ヘリウムを用いるよりも高い軸出力が得られることがわかります。このことは、実測結果からも概ね確認できます。これは、ピストンリング等からの作動ガスの漏れが、ガスの物性に起因していること、バッファ損失が、ガスの伝熱性能に起因していることによって、その影響が顕著に現れているためであると考えられ、解析モデルはそれらの特性をよく表していることがわかります。
また、窒素を用いた場合、ヘリウムを用いた場合と比べて、出力は小さいものの、ガスの漏れが軸出力に及ぼす影響が小さいことがわかります。すなわち、窒素はガス漏れの影響を受けにくいという特徴があるため、シール装置の耐久性を考えた場合、より長時間にわたり安定した性能が得られると予想されるので、高い実用性があるものと考えられます。
一方、ヘリウムを用いた場合、ガスの漏れは、軸出力に大きな影響を与えるため、ガスの漏れを低減させることは、エンジンの高性能化に極めて重要であることがわかります。
バッファ空間容積がエンジン性能に及ぼす影響
右図は、作動ガスにヘリウムを用いた場合の、バッファ空間最小容積と膨張空間行程容積との比に対する軸出力及びバッファ損失の計算結果を示しています。これらの線は、それぞれガス漏れの等価直径を0 mm、0.2 mm、0.5 mm、1.0 mmとした場合の軸出力及びバッファ損失です。
これより、等価直径が小さい場合を見ると、バッファ空間の容積比が約5以下になると、バッファ損失が急激に増加し、軸出力が大幅に低下することがわかります。また、等価直径が大きい場合には、軸出力はバッファ空間容積比の影響を、より大きく受けることがわかります。
試作したエンジンは、可搬式の小型発電機用に開発されたため、小型・軽量化が要求されています。そのため、バッファ空間容積比は、従来の高出力エンジンと比較して小さく設定されており、約9.6です。それがエンジン性能に及ぼす影響を本解析モデルによって考察することができました。
バッファ損失が、エンジン性能、特に軸出力に与える影響は、従来の解析手法で評価することは困難でしたが、本解析モデルでは、バッファ損失及び機械損失が、軸出力にどのような影響を与えるかを容易に推測することができるので、スターリングエンジンの設計・開発並びに性能予測に大いに役立つものと考えられます。
まとめ
(1) 図示出力は、作動ガスの漏れ及び再生器端部の流路面積の変化による熱交換器における圧力損失を評価すれば、かなり精度よく解析することができることがわかった。
(2) バッファ空間における伝熱特性及び機構部での機械損失を考慮することで、小型エンジンの性能特性を適切に評価できる。
(3) クランク室加圧型の小型スターリングエンジンのバッファ損失は、ユニット数を用いてその内部の伝熱を考慮することで概ね評価できる。
(4) 機械損失は、クーロン摩擦損失と粘性摩擦損失とで成り立っており、これによって適切に評価できる。
(5) クーロン摩擦損失が、機械損失に占める割合は非常に大きく、エンジン回転数が低い場合では、機械損失はクーロン摩擦損失が支配的である。
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