• 拡大
  • 標準サイズ
  • 縮小
  • 文字サイズ
騒音に関する研究
研究背景

 2012年、IMO第91回海上安全委員会(MSC91)におきまして、船内騒音コードの改正案及び同コードを強制化する海上人命安全条約(SOLAS条約)の改正案が採択され、国際航海に従事する総トン数1,600トン以上の新造船で、2014年7月1日以降に建造契約が結ばれる船舶、 または、2018年7月1日以降に引き渡しが行われる船舶に適用されることになりました。我が国では、限定沿海以遠を航行する総トン数1,600トン以上の内航船についても同コードを適用することになりました。しかしながら、騒音基準値が厳しいことから、騒音基準値に限り3年間 の猶予期間を設けまして、2017年7月1日以降の建造契約が結ばれる船舶、又は2021年7月1日以降に引き渡しが行われる船舶に適用することになりました。
 本コードが採択された時点(2012年)から騒音計測を行い、現状を確認したところ、騒音源から居住区までの距離が短い中小型船では、騒音基準値を大幅に超える部屋が多数あり、現状のままでは騒音基準を満足することが大変厳しいことがわかりました。 また、本コードに適合していることは、建造前に行われる型式承認や図面承認ではなく、船主に引き渡される直前の海上公試の騒音計測で行われます。海上公試で不合格になりますと対策工事が発生します。騒音基準値よりも大幅に超えた場合は、大掛かりな対策工事となり、 引き渡し時期が大幅に遅れる、または引き渡しができないことなども予想されます。これは、造船所にとって大変大きな問題です。
 このような背景から、海上技術安全研究所は、日本中小型造船工業会、日本海事協会(以下、Class NKという)、鉄道建設・運輸施設整備支援機構(以下、JRTTという)が実施する騒音対策事業に参画し、国内造船所への技術支援を行ってきました。具体的には、日本中小型造船工業会、Class NKとの事業では外航船に対 する検討を、JRTTとの事業では内航船に対する検討を行ってきました。以下、その活動内容について紹介します。

外航船への対応

 平成25年度、日本中小型造船工業会は日本財団助成事業として「中小型船の居住区騒音対策のための研究開発」を実施しました。本事業では、騒音レベルの実態を把握するとともに、騒音予測手法の確立をテーマに活動が行われ、海上技術安全研究所は、実船計測結果を整理し、 Janssen法による騒音予測プログラムを作成しました。
 平成26年度、同様の枠組みで「中小型船の騒音実船対策のための検証研究」を実施しました。事業への造船所、舶用メーカー等の参加も増え、騒音対策への関心が高まってきていることが伺えました。本事業では、騒音対策品の実船での効果検証が目的であり、これら対策品の検証結果をJanssen法による騒音予測プログラムに反映し、 プログラムの実用化に向けて整備しました。主機・発電機の振動・騒音データベースも追加し、充実させました。
 平成27年度は、騒音コード適用が間近に迫ってきましたので、「中小型船における総合的騒音低減対策の実証」とする事業が同様の枠組みで実施され、騒音コードを適用する船舶を対象にした総合対策の検討を行いました。Janssen法による騒音予測プログラムを活用して、検討船が騒音基準を満足するための対策に ついて提言しました。
 平成27年度夏から、日本中小型造船工業会が、Janssen法による騒音予測プログラム(図―1)の販売を開始しました。Janssen法による騒音予測プログラムは、平成29年1月1日時点で、25社が購入しており、基本設計段階で簡便に予測できる設計ツールとして活用されて います。Janssen法による騒音予測プログラムとセットで配布していますデータベースには、数多くの主機・発電機型式に対応するデータが収録されており、新たな型式についても、計測され次第、随時更新しています。浮床のような騒音対策品についても、試験所における基礎データと実船計測による検証を踏 まえて、データベースに随時追加しています。Janssen法による騒音予測プログラムの販売については、(一社)日本中小型造船工業会技術部にお問い合わせ下さい。

Janssen法による騒音予測プログラム画面
図-1 Janssen法による騒音予測プログラム画面

 平成28年度は、Class NKの支援により、Class NK、日本中小型造船工業会、海上技術安全研究所が連携して、騒音対策検討支援を行いました。本支援事業には、18社(造船所)が参加しました。Janssen法による騒音予測プログラムを活用した対策内容についての提言に加え、船内騒音源を特定するための音源探査 (写真―1)を実施し、より細やかな騒音対策の提言を行ってきました。騒音源探査では、騒音基準値を超えた特定の部屋に対して、特別な音源が確認されるなど、Janssen法による騒音予測だけでは十分でなかった点を補うことが可能です。写真―2左では、騒音レベルの大きかった部屋の中で音源探査を実施したところ、入口扉ルーバーの騒音 レベルが大きいことを示しています。そこで、通路に出て音源探査を実施したところ、写真―2右では、ダクトスペース吸気口の騒音レベルが大きいことを示しましたので、この部屋の騒音レベルを低減させるには、入口扉対策またはエアコンルームへのリターン方法を見直すなどの対策を検討することが必要であると分かりました。 現在、これらの技術を基に、Class NK Consulting Serviceと連携して、騒音対策にむけたサービス(Janssen法による騒音予測、音源探査他騒音計測等)を行っています。サービスの内容については、Class NK Consulting Serviceにお問い合わせください。

写真-1 音源探査器と撮影
音源探査一例
写真-2 音源探査一例(左:居室入口扉ルーバー 右:ダクトスペース吸気口)
内航船への対応

 平成26年度、JRTTは、「内航船における船内騒音の低減対策に関する調査」を実施しました。海上技術安全研究所は、内航船の騒音レベルを調査するとともに、静音性に優れた6,500m3内航油タンカーを対象に、Janssen法による騒音予測プログラムを活用して、騒音レベル低減に寄与する要因を分析しました。本調査結果を、 平成27年度 JRTT内航船舶(SES)技術セミナーにて報告しています。
 平成27年度、JRTTは、「人と環境に優しい船をテーマ」に「内航船における船内騒音の予測手法及び対策指針に関する調査」を実施しました。海上技術安全研究所は、静音性に優れた6,500m3内航油タンカーを対象に統計的エネルギー解析(SEA)手法による音響解析を実施しました。SEAによる手法は基本設計段階のように詳 細な図面が整っていない段階では解析モデルを製作することができません。また、解析モデルの製作に2か月程度の時間を要するといった課題があります。しかしながら、伝達経路解析など詳細な解析を行うことができ、騒音メカニズムの解明に大変役立ちます。図―2に、6,500 m3内航油タンカーを対象にした騒音レベルの解析 結果を示します。機関室の騒音レベルが大きく、機関室から一体となったエンジンケーシング、ファンネルは、居住区の騒音レベルよりも大きいことが視覚的にわかります。
 さらに、Janssen法では確認できなかったエネルギー伝搬経路の特定ができ、騒音レベルの解明を行うことができました。図―3は、舷側区画(左図)、前方居室(中央図)、前方右端居室(右図)への支配的なエネルギー伝搬経路をまとめた結果です。いずれの区画へも主機からの振動エネルギーが支配的であることが分かりました。 この結果は、実船計測の結果と整合しました。また、舷側区画へは船側外板を経由して伝搬しており、前方居室へは前隔壁を経由して伝搬していました。これらからいえることは、振動源からのエネルギーが構造的連続部を直線的に伝搬する、すなわちエネルギー損失が最も小さい経路が支配的であるということです。前方右端居室へは、 船側外板を経由する経路、前隔壁を経由する経路の両方が寄与していることが分かりました。角部屋の騒音レベルは、中央よりの騒音レベルよりも騒音レベルが大きい傾向にあることが実船計測で確認されていますが、今回の解析結果から原因がわかりました。
  設計変更による騒音レベルの違いを見るためには、特に、エンジンケーシングと居住区の位置関係による騒音レベルの違いを見るためには、SEAモデルの変更が必要です。SEA実船モデルの変更作業には多くの時間を要することから、前述の油タンカーの基本的構造寸法を参考にしたSEAモデル(以下、簡易船体モデルという)を作成し、 騒音レベルの違いを検討しました。図―4は、エンジンケーシングを分離した場合(分離型)と、居住区内に配置した場合(巻込型)を比較した結果を示します。エンジンケーシングを居住区から分離することで、居住区内騒音レベルが低減できるとする経験的な知識を裏付ける結果が得られました。この他、発電機の配置位置変更、 エンジンベッド剛性の変更、空調騒音の変更、喫水の変更などによる騒音レベルの変化を考察しました。これらの結果を踏まえ、騒音対策指針を作成しました。騒音対策指針は、IMO Goal Based Standard (GBS)を参考に作成しました。まず、騒音対策指針の目標(Tier I)を定め、目標を達成するための機能要件、仕様要件(Tier II)を定め、 これら要件のもと、詳細な内容(騒音対策に関連する図面類)を示す内容(Tier III)としました。これら調査結果を、平成28年度 JRTT内航船舶技術支援セミナーにて報告しています。騒音対策指針は、JRTTのHPに掲載されています。
 平成28年度、JRTTは「騒音最適化船の船型調査」を実施しました。海上技術安全研究所は最適化計算を中心にJanssen法による騒音予測による検討と総合的な評価を行いました。本事業では、前述した6,500m3内航油タンカーを対象に、船体構造の改良による観点から、及び騒音対策品の施工による観点から、それぞれ居住区重量、 騒音対策品のコストを条件に騒音最適化の検討を行いました。
 現在は、騒音コードに適合することが最優先課題となっていますが、今後は、騒音コードを満足させるための費用対効果の検証が必要になってくると思われますので、そのための検討方法を確立しました。

6,500 m3内航油タンカーSEA騒音レベル結果
図-2 6,500 m3内航油タンカーSEA騒音レベル結果
エネルギー伝搬経路
図-3 エネルギー伝搬経路
簡易モデルによるエンジンケーシング切り離し効果の検証
図-4 簡易船体モデルによるエンジンケーシング切り離し効果の検証
現在取り組んでいる課題
ニューラルネットワークによる騒音予測

(1) 背景

 Janssen法による騒音予測手法は、船内騒音の特徴を考慮した経験的手法であり、同型船に対して十分な実績があります。一方、新設計船の設計にあたっては、現在Janssen法を利用して予測を行う場合、類似性の高い船舶でチューニングを実施し、新設計船の予測を行う手法をとっています。類似船の選定に経験的知識を要することから、 新設計船の騒音予測の信頼性向上が課題の一つに挙げられます。機械学習のひとつであるニューラルネットワークは、欠損情報を補完し推論する機能があり、実船計測データが整備されてきますと、新設計船の騒音予測に竣工船の騒音計測データが有効に活用できます。ニューラルネットワークによる機械学習によりこれまででは 想定できなかった予測も可能になることが期待できます。また、現行Janssen法による騒音予測プログラムでは、前述した角部屋の騒音レベルの特徴が表現できていません。計測データをもとにニューラルネットワークによる学習を行うことによって、この課題が解決できると思われます。
 現在、類似船の探索はニューラルネットワークのひとつである自己組織化マップ(SOM)を活用し、学習型騒音予測は多層パーセプトロンタイプのニューラルネットワークを活用することを考えています。そして、これらを組み合わせた実用的な船内騒音予測システムを開発しています。

新設計船の騒音予測
図-5 新設計船の騒音予測

(2) 結果及び今後の課題

 図―6に、SOMの結果一例を示します。図―6では、船舶Aと船舶Bが隣接して表示されています。船舶Aと船舶Bは同一造船所で建造された類似船です。このようにSOMのマッピング上では類似船は近傍に表示されます。船舶Aを多層パーセプトロンタイプのニューラルネットワークで、船舶Aの計測データを教師データとして学習させました。 学習の様子を図―7に示します。船舶Aのいくつかの部屋を訓練データ(図凡例train)として学習させ、残りの部屋を検証データ(図凡例validation)として同時に誤差を検証しました。訓練データも検証データもいずれも学習が進むにつれて、発散することなく収束している様子が分かります。ニューラルネットワークによる学習は、 訓練データ以外に、検証データ、テストデータも発散することなく収束しなければなりません。汎用性(汎化性能)が求められるからです。つぎに、船舶Aの学習結果を基に船舶Bを予測しました。図―8に船舶Bの予測誤差を示します。参考まで、船舶Aの計測誤差をあわせて示します。本ニューラルネットワークモデルでは、騒音計測データ を教師データとして与えていますので、予測誤差は教師データの計測誤差程度になることが分かります。
 ニューラルネットワークモデルは、汎化性能が求められます。ひきつづき、より多くの船舶を対象にした学習・予測・検証を行い、実用的な騒音予測システムを目指します。   

SOMによるマッピング(類似船の探索結果)
図-6 SOMによるマッピング(類似船の探索結果)
船舶Aの学習
図-7 船舶Aの学習
船舶Bの予測誤差と船舶Aの計測誤差
図-8 船舶Bの予測誤差と船舶Aの計測誤差