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リスク解析研究グループ研究紹介
海難データベースとAIS航跡データを用いた海域の安全確保に関する研究
  

日本国内では、長年にわたり、運輸安全委員会や旧海難審判庁等により、多数の海難事故について詳細な調査が行われてきました。その結果は事故調査報告書等として記録され、現在では大量に蓄積されています。海技研では、これらを活用して問題となっている海域において発生した事故の特徴や、多くの事故に共通する原因を把握できるよう、情報を整理・データベース化しています。

図1 事故記録から事故のデータベースへ


ここでは、テキストデータを活用するための基盤として、事故記録から事故のデータベースを構築するプロセス、事故データベースからの経験知の獲得について説明します。図1にありますように、まず、多くの事故記録は、事故に付けられた名前、事故に関する属性データである発生日時や発生場所と長大な経緯の記述文で構成されています。名前や属性は項目として扱いやすいデータですが、経緯に関する記述は、そのままでは全文を読む必要が生じ、必要な知識を取得しにくい特徴があります。そこで、記述に含まれる表記ゆらぎ等を処理し、天候、視界、発生場所に関する記述を抽出して項目化したり、登場する各船舶の時刻と位置の情報を抽出して、事故に至る経緯のデータとして再構成したりという処理を行います。位置の情報は目標物からの方位や距離によって記述されていますが、目標物の座標 (緯度・経度) を定義している「灯台表」等の外部データを参照すれば計算することも可能です。

図2 事故データベースからの経験知の獲得


次に得られた事故毎の情報を全てまとめて一件の事故のデータとすることで、多くの事故を比較し、傾向を分析したり、特徴によって分類することが可能となります。また、分析したい種類の事故、あるいは事故に至るまでの時系列の船舶位置を海図上へのプロットすることによって海域における海難事故の発生状況を理解することが可能となります。このようにして、衝突海難、乗揚海難等においては、事故発生地点へのアプローチ、つまり船舶が事故地点に至るまでの航行状況や航跡を確認したり、事故の種類や船舶の種類毎の船内における事故前の状況等についての情報を取得すること等が可能となりました。特に、これまで分析の比較的少なかった沿岸域における事故の傾向を分析したところ、図2にありますように多くのエリアにおいて商船間の衝突事故は主に互いに反対方向へ向かう船舶同士によって引き起こされているなど、海域毎の事故の様相が分かるようになりました。
 一方、船舶へのAIS (船舶自動識別装置) 搭載が定着し、現在では搭載義務のない船舶へも徐々に搭載が広まっています。AIS航跡データを使用することで、海域における通航状況の把握が、以前より格段に詳細に、また簡単に行えるようになりました。船舶には列車のような軌道があるわけでも、自動車のような線の引かれた道路があるわけでもありませんが、多くの船舶が通航する位置はおよそ似通っており、目には見えない航路帯のようなものが出来上がっています。
 実際には、そのような船舶の通航する線上に衝突等の事故発生の潜在的な危険がありますから、これを把握することが生じている問題の原因を解明する上で重要なポイントになります。そのような航路帯においては、通航する船舶の群を行き先別や船の大きさ・種類別に分類して、状況を定性的に分析したり、密度や速度、互いに同じ場所で遭遇する頻度等を計算することで、定量的に捉えることが可能となります。
 図3にAIS航跡データからの交通情報の取得を示します。航跡データは各船舶の各時刻における位置情報、速度情報、針路情報等で構成されています。海域上に仮想的にゲートを設置して、そこを横切った瞬間の船舶の各情報を集約することで、海域上の各場所における船舶の状態を把握することができます。

図3 AIS航跡データからの交通情報の取得


図4にエリア毎に集約した船舶の情報を用いて遭遇頻度を推定する方法を示しています。ゲートを細かく設置し、各ゲート間のエリアがごく小さく、その中では状態が均一であるものとすれば、船舶の密度は航行する船舶数やエリアのサイズから算出することができ、これを用いて避航をしなければ衝突に至る遭遇の発生する回数 (遭遇頻度) を算出することができます。

図4 交通情報からの遭遇頻度の推定


図5は、近年の洋上利用のひとつである浮体式発電設備の設置前と設置後における南北方向の船舶が互いに同じ場所で遭遇する頻度を表したものです(中央付近のドットが施設位置)。施設付近の交通が東西に分かれた他、施設南西に遭遇の集中する箇所が発生している様子が確認できます。

図5 洋上浮体設備設置前後における周辺海域の船舶の遭遇頻度分布


大規模施設等による新規の海上利用や、新たな交通ルールの導入等によって、船舶の群が行動を変えるような場合には、予想の難しい新たな危険が生じることも考えられますが、このような変化を予測したり、いち早く捉えることによって効果的な安全対策を検討するための材料を提供する方法についても研究を行っています。