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システム安全技術研究グループ研究紹介
海域における放射性物質の濃度分布調査および海底土中の放射性物質濃度の推定手法
  

平成23年3月11日に発生した東日本大震災に伴う、福島第一原子力発電所(1F)事故により大気および海洋に放射性物質が放出されました。海域における放射性物質の分布状況は、定点のサンプリングデータしか存在していませんでしたが、漁業に対する影響や、海域の環境保全、環境動態を把握するためには、面的に放射性物質の分布状況を把握することが必要です。
 そこで、当所と東京大学生産技術研究所(東大)は、東大が開発した曳航型放射線検出器を活用した放射性物質の濃度を連続的に計測する手法を確立し、平成24年から1F近傍および周辺の海域において曳航調査を実施し、海底土の放射能濃度の連続マッピングを実施してきています。曳航型放射線検出器はガンマ線スペクトロメータ(図1)を搭載した曳航体を船舶からワイヤーで海底面に接触させるような形で曳航する(図2)もので、試料採取による核種分析では得ることができない、線状の放射線分布に関する情報を取得することが可能となりました1),2)

   
図1 ガンマ線スぺクトロメータ
図2 曳航型放射線計測の概念
   

平成25年度には、原子力規制庁の放射性物質測定調査委託費(海域における放射性物質の分布状況の把握等に関する調査研究事業)を当所が受託し、1F近傍において約800 km、阿武隈川河口沖で約100 kmの測線を設定し、放射性物質濃度の連続的なマッピングを実施しました。ここでは、1F近傍での調査結果を紹介します。
 図3に示すように、グリッド状に曳航調査を行うことによって、曳航測定の結果は線状ではあるものの、これまで点でしか把握できていなかった放射性物質の分布を面的に把握することに成功しました3)
 分布の特徴として、沖合4 kmの測線(図3中のNとSを結ぶ測線)において、曳航測線距離に対する137Cs濃度の変化(図4上)と曳航測線距離に対する深度の変化(図4下)を重ねあわせてみると、沖合4 kmの南北の地形は細かく深度が変化しており、段差がある箇所において137Cs濃度が高くなる傾向があることがわかります。この傾向は他の測線においても同様なので、放射性物質がくぼみ地形に沈着しやすい傾向があることが示唆されます。

   
図3 1F近傍海域における137Cs濃度分布3)
(左図:平成24年度、右図:平成25年度)
図4 沿岸4 km沖の137Cs濃度分布3)
   

今後、原発事故で放出された放射性物質が漁業や水産資源へ及ぼす影響と対策について中長期に検討するためには、海底土中の放射性物質の面的な分布とその経時変化の状況を把握するとともに、海洋中での放射性物質の移行過程を解明することが重要となります。
 そのような観点から、当所では、1Fから放出された137Csの海水中、海底土中の放射性物質濃度の数値解析による経時変化の推定手法の研究を行っています。計算は、海象データに基づく海水流動場モデルおよび移流拡散モデルに加えて、図5に示す放射性物質の海底への堆積過程を考慮した放射性物質移行モデルを用いて、1F近傍における137Csの濃度分布を求めました。図6には、計算値と東京電力および文部科学省(平成25年4月1日まで。以降原子力規制庁)が測定した実測値4),5) が示されています。計算で得えられた海底土中の放射性物質濃度分布は、概ね一致していることが分かりました6)

図5 三相間交換過程を考慮した放射性物質移行モデル


図6 1F近傍の海底土中の137Cs濃度分布[Bq/kg](数値は実測値4),5)


   

さらに、既存の調査結果である、沿岸域における海底土の粒度組成分布7)を放射性物質移行モデルに反映することで、海域に対応した海底土への堆積過程が再現され、図7に示すように放射能濃度の推定精度が向上することが分かりました8)

図7 海底土について粒度一定と仮定した場合と実際の粒度組成分布を考慮した場合の放射性物質濃度の解析値と実測値の比の違い


   

当所では、今後とも、海域における放射性物質の把握に貢献するとともに、環境中での移行過程を明らかにし、中長期的な分布状況の予測に資するデータを提供し、海域を利用される様々な関係者の皆様とともに、対策等の検討に貢献していきたいと考えております。


1) B. Thornton, S. Ohnishi, T. Ura, N. Odano, T. Fujita,“Continuous measurement of radionuclide distribution off Fukushima using a towed sea-bed gamma ray spectrometer”, Deep-Sea Research I, 79, pp.10-19, (2013).
2) B. Thornton, S. Ohnishi, T. Ura, N. Odano, S. Sasaki, T. Fujita, T. Watanabe, K. Nakata, T. Ono, D. Ambe, “Distribution of local 137Cs anomalies on the seafloor near the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant”, Mar. Pollut. Bull. (2013), http://dx.doi.org/10.1016/j.marpolbul.2013.06.031
3) 独立行政法人海上技術安全研究所、東京大学生産技術研究所、金沢大学環日本海域環境研究センター、「原子力規制庁 放射性物質測定調査委託費(海域における放射性物質の分布状況の把握等に関する調査研究事業)成果報告書」、(2014).
4) Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology, Japan.“Readings of Sea Area Monitoring at offshore of Miyagi, Fukushima, Ibaraki and Chiba Prefecture (marine soil)”, http://radioactivity.nsr.go.jp/en/contents/7000/6090/24/229_so_mfic_Sr_0322_14.pdf, published online, March 22, (2013).
5) Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology, Japan.“Distribution map of radioactivity concentration in the marine soil around coast of Fukushima Prefecture and TEPCO Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant (Converted as dry soil)”, http://radioactivity.nsr.go.jp/en/contents/7000/6177/24/20130322-02.pdf, published online, March 22, (2013).
6) 浅見光史、岡秀行、小田野直光、「福島第一原子力発電所から海洋放出された放射性物質の海底堆積量の中長期予測手法の検討」、日本原子力学会春の年会予稿集、B27、(2014).
7) 青柳和義、五十嵐敏、「福島県沿岸域の粒度組成について」、福島水試研報第8号、p.69-81、 (1999).
8) 浅見光史、岡秀行、小田野直光、「放射性核種の海底堆積量推定手法の高度化;海底堆積物の粒度組成の影響」、日本原子力学会2014年秋の大会予稿集、O07、(2014).