船舶技術研究所ニュース № 1

SRI NEWS


研究者インタビュー
 航行シミュレーションシステム システム技術部 システム技術部にある航行 シミュレーションシステムは、3面のスクリーンに映し出される海の状況を見な がら操船のシミュレーションができるものです。一見sするとゲームセンターに あるレースカーや戦闘機のゲーム機を、船舶用に拡大したもののようです。この 研究に携わっている、若手研究者の3人、田中さん、福戸さん、宮崎さんに話を 聞きました。

Q. このシミュレーションは、どんな研究に使うのですか?

福戸「もともとは、日本の船員がどんどん少なくなっているのに対応して、フ ルオートマチックの船を作ろうという超自動化船の研究から出発したものです。 その後、時代の要請から高速船の航行の安全についての問題が重要となってきま した。東京湾のように非常に混みあった海域で高速船が行き交う状況、そういっ たところでいかにして安全な航行を確保するかといった問題です。現在は、高速 船を中心として一般商船やタンカーなど、すべての船の安全性を研究するための 道具として使っています。」

Q. ファミコンなどのゲームとどこがちがうのですか?

福戸「まずは、値段が違います(笑)。ハードだけで約2万倍かな、まあ、性 能もそれだけのことがありますよ。技術的な面で言うと、このシミュレーターで は来島海峡や東京湾中ノ瀬航路といった海域全体の海の情報と陸地の風景を情報 として持っていて、そこを航行するすべての船の行動をリアルタイムで計算して います。つまり、ここに映し出される自分の船の回りの状況だけでなく、海域全 体の交通をシミュレートしているわけです。このバーチャルな海域の中で、それ を覗くカメラを動かすことによって自分の船からの映像を表現しています。同時 に航行できる船は百隻で、今すれ違った船の操縦に切り替えることもできます。 操縦できる船の種類もタンカー、コンテナ船、ジェットフォイルなど様々ですし 、海域もこのほか音戸の瀬戸など多数あります。夜間、薄暮、霧といった海象、 気象もシミュレートできます。単に自分から見える範囲だけを表示すればいい操 縦シミュレーターと、ある範囲全体の状況を計算する航行シミュレーターとの違 いといったところでしょうか。」


システム技術部の若手3人組。福戸淳司主任研究官
(左)、宮崎恵子研究官(中)、田中邦彦主任研究官
(右)。景観表示用の計算機の前で。


Q. どういうところに苦労していますか?

田中「どのようにしたら、ごまかしながらも本物らしく見せることができるか という点ですね。1秒あたりの画像表示の枚数なども、計算機の能力から考える と、なるべく少なくしたいわけです。ただし1秒間に12枚程度の表示ですと、中 ノ瀬航路のように最高速度が12ノットに制限されている海域ではよくても、50ノ ットの高速船での航行では問題がでてきます。表示枚数が少ないと船がぴょんぴ ょんと飛ぶ感じになってしまいます。また夜間、船長さんは行き交う船の進行方 向を船に付いている航路灯のみで判断しています。緑の右舷灯と、赤い左舷灯の どちらが見えてくるかといったようにです。こうしたものも滑らかに動かす必要 があります。今はテレビ画面と同じ1秒間に30枚を計算して出していますが、計 算機の速度としては限界に近いのです。」

Q. 陸地の風景も計算しているのですか?

田中「はい。これも、細かくしすぎると計算機の能力が追いつかないため、海 図から読みとった陸地のデータをなるべく省略しながらもそれらしく見えるよう に入力しています。ただし、毎日そこを通っている船長さんは、風景の中に自分 自身の目標物を決めている場合が多いのです。あの煙突と鉄塔が重なって見えた ところで右に舵を切るといったふうに。そうした目標物を落とさないようにする には注意が必要です。1海域を作りあげるのに約3カ月かかります。先日松山、 広島間を毎日航行しているカーフェリーの船長さんに操縦していただき、実物に 非常に近いとのお墨付きをいただきました。海面も最初は水色一色だったのです が、今は模様をつけてリアルな雰囲気にしています。じっと見つめていると船酔 いする人もいます。」

Q. 航行の安全というのは、どのように評価するのでしょうか?

宮崎「安全な状態にも何段階かあるわけです。たとえば車を運転していて、ベ ビーカーを押したお母さんとすれ違うことを考えてみて下さい。ぎりぎりで衝突 を避けられた状態、これが最低限の安全です。事故ではないけれど、あまり安全 とは言えない。もうちょっと安全の段階が上がると、余裕をもってベビーカーを 避けられるようになるのですが、動きの鈍いベビーカーの側ではまだ危ないと思 うかもしれません。双方が余裕を感じながらすれ違うことのできる段階で、初め て安全らしい安全となるわけです。さらにこの上に、ベビーカーが車の陰から急 に出てくるのを見つけることができる位置に自分の車を早めに持っていけるとい う段階もあります。」

Q. そうすると、安全というのは船長さんの主観によりませんか?

宮崎「そうです。それぞれの船長さんが自分自身の総合的な安全基準、つまり 安全の感覚といったものを持っているわけです。そうした感覚の中にある客観的 な判断基準を探すことが、一つの研究テーマです。このシミュレーターを多くの 船長さんに操縦してもらうことによって、どういった条件を満たしたときに安全 と判断したのか、逆に危険と感じたのかを調べることができるわけです。まった く同じ状況で別の船長さんに操縦してもらうこともできますし、どのような回避 行動をとったかも記録・分析できます。将来的には、揺れなども再現した、より リアリティのあるシミュレーターも考えています。」


操縦シミュレーションシステムの概観。操舵輪は実際
の船に使う本物。音戸の瀬戸近辺を高速船で航行中。