SRI NEWS
陸上交通、航空輸送そして海上輸送、これら3つの輸送手段は個々の特徴を
生かし補い合いながら1つの輸送システムとして機能しています。しかし、この
システムが完璧で、経済の中枢として充分なものである、とは誰も断言できない
でしょう。たとえば陸上輸送における渋滞による損失は膨大なものといわれてい
ます。今こそ、新しい交通輸送システムが求められているのではないでしょうか
。
その変革への一つの手段として従来の倍以上の速度で走るテクノスーパーラ
イナー(TSL)の開発が進められています。このような高速の船が実用化され交通
システムの一翼を担うとき、全体の交通システムがどう変わっていくか楽しみで
す。と同時に、このような新しい船について、どのような方法で安全性を評価す
るかが重要な研究課題となっています。船舶技術研究所では、TSLに代表される
新形式の船舶について様々な観点から研究しています。ここでは構造あるいは材
料の面から安全性を評価する研究を行っているグループに研究の概要・将来等を
語ってもらいました。
(出席者は、構造強度部:宮本武、岡修二、田中信行、山田安平、材料加工部
:松岡一祥 敬称略)
I: 実験船が話題になっている高速船の開発と絡めて研究の背景を聞かせて
いただきたいのですが。
宮本●最近、新形式の超高速船であるTSLの実験船が走っています。これが将
来実用化されたとき、運輸省として、その安全性を確認する責務があるわけです
。そのためには、船の設計に問題はないのか、また設計通りに作られているか、
といったことが判断できなくてはならないわけです。新技術を利用した船ですか
ら、その技術も含めて、安全性を評価する必要があるわけです。
写真1 TSL船上、こちら向き、右が宮本室長
左が松岡室長
I: 研究の具体的な内容は?
宮本●現在5つの柱があります。船にかかる外力を見積もるための研究。船の
構造がその外力に耐えられるか調べる研究。また、材料によって構造が同じでも
強さが違ってくるわけですが、それを評価するための、材料の研究。さらに、実
船実験。TSLの実験船を使い行っています。最後に、以上の研究から得られたデ
ータに基づき、船の安全性を評価する研究です。
写真2 TSL船上の田中
信行研究官
I: 速い船といっても高速道路を走る車と変わらないスピードで走るわけで
すよね。改めて研究する必要があるんですか?
松岡●船は水から抵抗を受けます。これがやっかいです。プールの中を歩くの
はしんどいでしょう。走るなんて殆ど論外でしょう。船は水から抵抗を受けるわ
けですから速度を上げると抵抗は大きく増します。今までの形の船だとエンジン
を非常に強力にし、燃料も大量に積まなくてはならず、経済的に見合う船はでき
ないわけです。そこで新形式船の開発が必要となるわけですが、形が今までと違
えば、水から受ける力の様子も変わります。改めて、こういう新しい船の安全を
評価できるシステムを構築しようと言うのがこの研究なんです。
写真3 構造解析及びデータ解析を行う、岡主
任研究官(後ろ)、 山田研究官(前列
右)、田中義照主任研究官(前列左)
I: なるほど。ところで、先ほどの研究の5つの柱として具体的にはどうい
うことを行っているのですか?
宮本●外力を評価するために水槽を利用した模型実験や、計算法についての研
究も行っています。流体力学の知識を要求される場合がありますからそのへんが
難しさを感じます。い ろいろ教わりながらやってますよ。
松岡●TSLで使用されているアルミ合金の溶接部の強度等を実験的に調べてい
ます。また、現状でできる範囲の簡単な安全性の評価も行っているのですが、今
後得られる知識を利用して、より精緻な評価を行う予定です。
山田●コンピュータを用いた構造解析を行っています。力がかかったときに船
がどう変形するのかといったことを、コンピュータの中に船全体のモデルを作っ
て計算するわけです。
岡 ●TSLに計測装置を積み、実際の船の運動や、どういった力を受けている
のか、といったことを直接測定しています。今までと違ってデータ量が多いので
すがスムーズに計測、解析等を行うことができています。過去の経験が役立って
います。これが我々にとって初めての実船実験だったらこうはうまく行かなかっ
たでしょう。解析できないデータの山に我々が埋もれていたでしょうね。
構造上の問題点を調べるための実船実験ですから、穏やかな海を走っても意
味はないわけです。そこで荒れた海をわざわざ選んで走っているのです。
図1 構造解析結果(変形前)
図2 構造解析結果(変形後
変形は誇張してある)
I: TSLのすごさが今一つ実感できないんですが。
田中 ●積載できる荷物の量を考えてください。車で言えば10t積みのフェラ
ーリみたいなものです。大島近海で実験を行ったのですが東京湾を出てから1時
間足らずで着いたのには驚きました。普通ですと4時間かかります。私は目視で
の波高測定を担当しています。ブリッジから目で波の高さを測るのですが、作業
が大変な分TSLのスピードを実感できるような気がします。
写真4 TSL実験船 飛翔(空気浮上型)
I: なるほど、実用化されたときが楽しみですね。最後に研究の将来につい
て聞かせてください。
宮本 ●今回の研究の経験から、新技術による新しい船が登場したとしても、
構造の安全性を評価する体制は整ったと思います。 今後は、我々が研究を行っ
ている船の構造という観点からの安全評価だけでなく、所内で行われている推進
性能、操縦性、運航システム等の観点も含めたトータルな評価を行えるような体
制を、船研の他の部と協力することで整えられたらと考えています。
写真5 TSL実験船 疾風(水中翼浮上型)