船舶技術研究所ニュース № 7

SRI NEWS


 最近、lMO(国際海事機関)における新たな安全規則の制定に関する、話題 が注目を集めています。そこで、それに関する研究を行っている当所運動性能部 の渡辺室長、原口室長、石田主任研究官、二村研究官、小川研究官に背景及び現 状等について語ってもらいました。

Q.現在lMOで何が検討されているのでしょうか?

渡辺:1994年9月28日深夜のバルト海で、エストニアのタリンからスウ工一デ ンのストックホルムに向かって荒天の海を航行中のRORO客船「エストニア」号が 、突然船首から車両甲板に浸水して転覆し900人近くの人命が失われる大惨事が 起こりました。そこで、IMOではこの事故が船舶安全に関する国際規則の根幹に かかわる問題である可能性があるとの認識から、「RORO客船の安全性に関する専 門家パネル」を設置して現行の技術基準が十分であるのか、不十分であるとすれ ば改正すべき事項は何なのかを検討することになりました。私は、日本代表とし てこのパネルに昨年の12月から計8回出席しました。現在までに構造、運航、救 命、捜索救難、船員の訓練等の問題に対し検討を加え、必要と思われる改善策を まとめあげています。

Q.RORO客船とはどういう船ですか?

渡辺:我が国ではカーフェリーと呼ばれています。ROROという言葉は、Roll on/Roll offの頭文字を取ったもので、貨物である自動車が自走で船内に出入りできる ことから名付けられたものです。RORO船の最大の特徴は、車が通れるような広い 出入口と車が自由に動きまわれるくらいの仕切りの無い広いスペースを持ってい ることです。したがって、自走で荷役がスピーディに行えるメリットがある反面 、ひとたび出入口が破損した場合は水が大量に流入する危険性もあわせ持ってい ます。

写真1 船舶の耐航性能等を研究するメンバーです。左から
運動性能部小川研究官、原口室長、渡辺室長、二村研究官
石田主任研究官


Q.「エストニア」号の転覆は何が原因だったのですか?

渡辺:荒天中を通常船速で航行中にバウバイザー(船首部の出入口扉、ハイザ ー型とは船首部分が上に持ち上がつて開くタイプ)が波浪にたたかれ、船体とバ ウバイザーとを固定する金具が破損し、最終的に船体から分離した。そのため扉 がなくなった船首部出入り口から車両甲板に浸水した大量の海水により復原力を 喪失し転覆したと言われています。

Q.安全基準として何が必要で、今後どういう方向に進む予定ですか?

渡辺:「エストニア」号の事故は、直接の浸水原因は別として車両甲板にたま った大量の水に対応できる復原力の余裕がなかったことが、転覆にいたった原因 と考えられています。これを解決するには、車両甲板に水が入っても大丈夫な復 原力特性を備えるかまたは車両甲板にも仕切り隔壁を設け、浸水をある範囲に押 さえる必要があります。仕切り隔壁を設けることは設置費用などの負担増のみな らず、積載効率の低下をもたらすので、利害調整がなかなか難しい課題です。今 後IMOでは、10月か11月に政府代表会議を開催し、採択されれば一定の手続きの 後に条約として発効することになります。

写真2 転覆寸前の船の様子。重心が高い船は、転覆しや
すくなります。


Q.当所では、これに関しどのような対応をとっていますか?

渡辺:当所ではIMOの会合で提案された、安全基準を裏づける、実験データの 収集を行って来ました。例えば、写真2のように水槽に損傷を持ったRORO客船の 模型を浮かべて、波浪中で、どの程度の浸水量が期待され、提案された安全基準 で、はたして転覆を防止できるのかどうかを評価する研究です。

Q.ところで他にはどのような船の安全にかかわる研究をしていますか?

原口:1989年の「エクソンバルディス」号の座礁事故による大規模な海洋汚染 が発生したのを契 機に、lMOで船舶操縦性暫定基準制定の気運が高まり、1993 年11月の総会で採択されました。これは1994年7月から起工される100m以上の船 舶、及ぴケミカルタンカー、ガスキャリアーに適用されるもので、極端に操縦性 能の劣った船を国際航行から排除することを目的としています。この基準は暫定 基準で5年後に見直しをすることになっています。この間に各国は、基準で定め られた旋回性能に関する海上試験を行い、そのデータを収集し基準の妥当性を検 討することになっています。日本では、運輸省がこれらのデータの収集を行い、 当部でそのデータをデータベース化して解析する研究を行っています。これらの データを基により優れた操縦性基準を目ざして研究が行われています。

石田:私たちは、プレジャーボート等の小型船やヨットの転覆メカニズムにつ いて研究を行っています。特にヨットは、1991年に発生した「マリンマリン」号 、「たか」号の海難事故を契機に安全性について関心が高まりました。
二村:当所ではJCl(小型船舶検査機構)と共同でこの研究に取り組みました 。これらの小型船舶についてlSO(国際標準機関)において、安全基準の見直し が行われていますが、当所の研究成果もJClから提出されて、審議に役立てられ ています。

写真3 操縦旋回性能試験の様子 タンカー等の大型船舶
の操縦旋回性能を調べるためには80mの角水槽が大いに役
立ちます。


Q.船舶の安全性の検討には波浪の情報も重要ではないですか?

小川:そのとおりです。そこで、私は波浪に関する研究を行っています。NOAA (米国海洋大気局)や気象庁が長期間にわたって収集した太平洋の波浪データを 利用して、各区域ごとの波高、波周期、波向き等をデータベースの形でまとめる とともに波浪推算と呼ばれる予測法についても検討しています。これにより船舶 の構造強度及ぴ波浪中での運動性能の予測を行うことが可能となります。現在、 これらの整理したデータをインターネットに公開することでより多くの人に活用 して頂けるよう作業を進めています。

Q.将来の研究課題についてどうお考えですか?

渡辺:やはり安全基準のための研究が重要です。いかに安全に船を航行するこ とができるのか、これは人間がかかわる要因と自然が起こす要因の2種類ありま すが、いずれにせよ安全を脅かす因子に対してはより詳細に原因を究明し安全を 確保することが必要かつ重要であると思います。

写真4 ヨットの横波中転覆実験 ヨットあるいはプレジ
ャーボートなどは横波あるいは追い波中で転覆を起こしや
すい。