船舶技術研究所ニュース № 16

SRI NEWS


研究紹介

昨年の地球温暖化防止京都会議やハイブリッドカーの実用化などに象徴されるように、地球環境の保全への関心が世界的に高まっています。船舶技術研究所では船舶から排出されるNOx(窒素酸化物)など人体に有害な物質の低減化に向けて研究を進めています。この研究に携わっている機関動力部のグループのみなさんに話を聞きました。




写真1:船舶から排出されるNOx等有害排ガスに関する
研究グループのみなさん

(前列左から)桑原主任研究官、山谷内燃機関研究室長、
菊地燃料潤滑研究室長
(後列左から)石村研究官、西尾研究官、中島研究官



Q:船舶は自動車や工場などに比べて盲点となりやすいように思います。船からはどのような有害物質が発生するのですか。
A:船舶はー般に安価な低質油を燃料とし熱効率の優れたディーゼル機関を使用しています。このような船用機関から排出される有害排ガスの成分には、NOx、SOx(硫黄酸化物)、CO(一酸化炭素、HC(炭化水素)、バティキュレ-ト(微粒子状浮遊物質)等があります。NOx、HCは光化学スモッグ、SOx、NOxは酸性雨の原因となりますし、CO、パティキュレートは生物学的な毒性が指摘されています。その他の燃焼生成物であるN20、CO2はそれ自体は有害ではありませんが、地球温暖化の原因物質として問題視されています。






図1:日本における分野別NOx排出状況
船舶から排出されるNOxの比率は日本の場合、
全体の17%を占めます。これは決して低い数字
ではありません。





Q:地球規模で見たとき、船から排出される有害物質の量は多いのでしようか。
A:ノルウェーの報告書(1990)によると、国際海上輸送のみに起因するSOxとNOxの排出量は地球全体規模のそれぞれ4%と7%を占めると報告されています。この数字からはそれほど多いとは感じられないかもしれませんが、NOx、SOxは雨によって容易に地上や海に降り注ぐため、本質的には沿岸地域に与える影響が大きくなります。沿岸海上交通量の多い日本の場合、国全体におけるNOx、SOxのうち船舶から排出された量の割合はそれぞれ17%、25%とする推定結果(図1)もあり、これは決して少ない数字ではありません。さらに、陸上での規制の強化を考えると今後さらにこの比率が高くなることが予想されます。

Q:自動車のような規制は船舶には無いのですか。
A:その問題については,1990年以来IMO(国際海事機構)で審議が続けられてきたところですが、昨年(1997)9月に海洋汚染防止条約に大気汚染防止を定めた議定書が採択されました。その結果、2000年1月以降(ただし、あるー定の条件を満たした後に発効する。)は船舶から排出される大気汚染物質が規制の対象として新たに加わることになります。この規制にはオゾン層破壊物質(ハロン、フロン等)や船上焼却、揮発性有機化合物も含まれますが、船用機関から排出される大気汚染物質としてはNOxとSOxが対象となります。

Q:近い将来厳しい規制値が導入されることになるのですね。 では、どうすれば船からの有害物質を減らせるのでしょうか。
A:SOxは燃料中の硫黄分のほぼ全部が酸化して発生するため、燃料の硫黄分を減らせばよいことが分かっています。一方、NOxは大部分が燃焼に必要な空気中の窒素が高温ガス中の反応で発生したも
のであるため、不完全燃焼に起因するHC、C0、バティキュレートと同様に、燃焼系の改善などが必要になります。そこで我々は主にNo*を減らす目的で水エマルジョン燃料の効果を調べてきました、水工マルジョン燃料とは通常の舶用燃料に水を混合した燃料です。この方法は燃焼時に水が気化する時に周りの熱を奪う原理を応用して燃焼温度の低下を図り、NOxを低下させようとするものです、実用可能な水エマルジヨン燃料運転によるNOx低減率はー般的に30%程度と報告されていますが、我々はこれまで
の研究によって、燃料噴射系統を改良し運転範囲を限定すれは50%を越える低減率も可能であることを実証(図2)しましたまた、NOxと同時に地球温暖化の原因物質のーつであるN20(亜酸化窒素)の低減にも効果があること等いろいろな事がわかってきました。






図2 :水エマルジョン燃料使用時のNOx排出特性

  NOx排出量におよぼすエンジン負荷率と水の添加率、
燃料噴射口径の影響を調べた結果です。凡例中に水の
添加率を%、燃料噴射口径を中で表していますc エン
ジンの負荷が高くなるとNOxの低減率が増加することな
どが分かります。




Q:水工マルジョン燃料は良い事ばかりのようですが…。
A:残念ながらうまい話ばかりではありません。 従来の報告では水エマルンジョン燃料によるNOxと煤(バティキュレ-トのー部)の同時低減が可能とされていましたが、我々の研究では同じパティキュレートのー部である可溶性有磯溶分が増加するためパティキュレート全体としては減少しないことも判明しました。また、低負荷ではNOx低減率が低くなる上、燃焼不良を招く可能性が高いことなども分かってきました。

Q:今度はちょっと心配になりましたが、実用的低減法の開発は可能ですか。
A:解決すべき課題はあります。我々は実験用の船用機関を使った研究に加え、実際の船でも実験を行い、負荷変動が避けられなし舶用機関の実態に即した調査によって問題点を洗い出し、それらの解決策を探っていくつもりです。具体的には次のような取り組みを考えています。まず、燃料噴射系の改善によるNOxの発生そのものの低減化の研究に加え、発生したNOxを排煙から取り除く後処理装置(写真2)の研究を現在おこなっています。さらに、負荷の状態に応じた最適な燃焼をさせるため、燃料噴射や吸排気の電子制御化に関する研究を98年度から開始する予定です。これらの研究は近い将来に有害物質低減法の実用化につながるものと確信しています。





写真2:選択接触還元方式脱硝設備

  窒素酸化物を吸収させるための後処理装置
  です。白いタンク内の還元剤を排煙に噴露
  し、右下の四角い箱の部分にある触媒に通
  すことによってNOxをN2に還元します。






Q:期待が持てそうですね。最後に、国際的な規制という問題に取り組む船研の役割について聞かせて<ださい。
A:もちろん、国立研究機関の取り組みとして我々がおこなっているのは有害物質低減化の研究だけではありません。まだ明らかでない船舶の運航に関する有害排ガスの排出実態の把握や大気汚染物
質を増加させないための運転指針、排ガス規制の為の有効かつ簡便な検査法の確立なども必要と考えています。そして、それらの研究成果に基づき、一MO等さまざまな場を通じてこの問題について国
際的に貢献していきたいと考えています。