船舶技術研究所ニュース № 17

SRI NEWS


プロジェクト研究紹介 Project research

「回収二酸化炭素の深海底貯留法の評価の研究」

(機関動力部・大阪支所)


 様々な分野で地球温暖化防止のための技術開発が進められています。SRI News 16号では船からの排気ガスに関する研究を紹介しました。今回は、NHKでも放映され、温暖化抑制が直接的に期待されるCO2の深海底貯留についての研究を行っているグループから、機関動力部の綾室長にお話を聞いてみました。

Q:CO2の深海底貯留という題目には「船」との関係が見えてこないのですが、研究を始められたきっかけは何ですか。
A:CO2を使った舶用消火設備の研究で培われてきたCO2の取扱い技術を、地球温暖化抑制のための革新的な技術開発に役立てたいという気持ちが、この研究の直接的な動機です。この研究を実現するためには、CO2タンカーなどの開発が必要ですし、運輸省は海洋行政に責任のある官庁である点も重要な背景と考えています。


  機関動力部綾室長


図1:COSMOS「自由沈降型液体二酸化炭素浅海投入システム概念図」
 
Q:CO2を回収するといってもあまりイメージがわかないのですが、具体的な事例を教えてもらえませんか。
A:火力発電所などの大量発生源からCO2を回収する方法としては、「化学吸着法」と「物理吸着法」があります。前者の例としては、アミン溶液に廃ガスを潜らせCO2を吸収し、それを熱することにより回収する方法で、潜水艦乗員の呼気からのCO2回収方法として実用化されています。後者の例としては、ゼオライトなどの表面積の大きい物質に、高圧下で物理吸着させ、低圧下で脱着回収する方法が知られています。この他、CO2分離が不要な燃料電池法や酸素燃焼法も提案されています。船研では、アミン溶液法と燃料電池法について研究を行っています。

Q:CO2の深海底での様子を観察するために新たに開発された実験装置で研究されていますが、何か興味ある結果は出ましたか。
A:深海底では、CO2は500m~900m以深では、海水と反応してクラスレートと呼ばれる結晶体になるため、貯留法の実現とその評価のためには、深海中におけるCO2クラスレートの性質を知る必要があります。そこで、3000mと4000m級の深海条件を模擬できる装置(写真2)を使って実験を行いました。その結果、当初、CO2の固定化法として期侍されたクラスレートが、液体CO2の1/2~1/3もの速度で溶解すること、クラスレート生成域における溶解度は、ガスの溶解度とは逆の温度依存性(高温ほどよく溶ける)を示すなど、クラスレートにはこれまでの常識を覆す性貿のあることが明らかにされました。


写真2:大阪支所にあるCO2深海貯留模擬実験装置(4,000m級)と
実験担当の山根主任研究官


図2:クラスレート膜で被われた単一CO2液泡の溶解過程(左上から右下へと溶解が進んでいる。)

Q:貯留方法の研究とともに海洋環境への影響評価の研究もなされているそうですが、どういう点が問題なのでしょうか。
A:地球温暖化防止京都会議の経緯から、深海底貯留で処理すべきCO2の量は、我が国排出量の5%程度で、これは、摩周湖規模の窪地を60年程かけて満タンにする量です。貯留サイト容積は海洋全体から見れば僅かではありますが、貯留サイト周辺がCO2の溶解によって酸性化する点が懸念されます。そこで、酸性化の程度と範囲、及び深海生物への影響を明らかにする研究を、東京水産大学の協力の下に始めたところです。

Q:この研究で船舶技術研究所が中心になって押し進めていく課題にはどういうものがあるのでしょうか。
A:我が国が京都海技で約束したCO2排出削減の実現には、CO2海洋処理の開発が鍵を握っていると考えられます。
 船研としては、COSMOS(CO2 Sending Method for Ocean Storage)として提案した「液化させた-40℃程度のCO2を深さ500m程の海中から深海底へ自由降下させる」新投入法(図1)の開発研究に取り組む必要があるほか、CO2を投棄可能物質として条約に登録するための科学的バックデータの整備が急がれると思います。

Q:深海底にメタンが溜まっていて有望な資源になると新聞に載っていましたが、CO2の貯留と関連するのでしょうか。
A:海底下に眠るメタンクラスレート中にCO2を送り込むと、ゲスト分子の入れ替えが起こり、メタンが生産されるとともに、CO2が固定化されます。私は、この方法を「ゲスト分子置換型のCO2貯留法」と名付けていますが、CO2の処理とエネルギーの生産が同時にでき、一石二鳥の方法です。ただ、今すぐには困難ですので、次世代型貯留法として基礎的研究を始めるのが適当と思っています。