船舶技術研究所ニュース № 19

SRI NEWS

基礎研究紹介 Basic research


大型高速フェリー用プロペラの開発に取り組む
「プロペラキャビテーション研究グループ」
― トランス・キャビテーティング・プロペラの研究 ―
(推進性能部)


 大ヒットした映画「タイタニック」の沈没シーンでは、巨大なプロペラが海中から現れ、船と共に海中に沈んでいきました。水中にあるプロペラを実物の姿で見ることはなかなかありません。しかし、船には不可欠なものであり、また最も造形美の溢れる装置の一つでもあります。最近では、「楔」の翼形をもつプロペラ(写真1)等が開発される等、文字どおり水面下でホットな技術開発が行われています。
 現在、船研において新型プロペラの研究に取り組んでいるグループの右近さん、工藤さん、藤沢さん、松田さん、藤沢さんに、プロペラの「いろはのイ」から最新の「トランス・キャビテーティング・プロペラ」の研究の現状まで、船研のプロペラ研究の歴史も含めて紹介してもらいました。(写真2)




(写真2 右近室長(右手前) 松田主任研究官(左手前)
工藤主任研究官(左奥)、 藤沢研究官(右奥)



Q:長い歴史を持つプロペラですが、どういう点が良いのでしょうか?

A:先ず、「プロペラ」という言葉ですが、言語的には推進器を広く一般に指し、外輪や帆等も含まれます。しかし、「スクリュー(らせん)・プロペラ」が船に使われる推進器のほとんどを占めてしまったことから、このスクリュー・プロペラのことを略して一般に、「プロペラ」と呼ぶことが多くなりました。ここでは以後、このスクリュー・プロペラのことを単に「プロペラ」と言います。プロペラは長年の研究成果も加わって、船の推進器としてのエネルギー効率が格段に優れています。
また、その設計法もタンカー等の一般の商船用を中心にかなり発達しています。最近、高速艇で使用されるようになった「ウォーター・ジェット」推進器は操船性の良さと「キャビテーション」の問題をあまり考慮せずに設計できるという利点もありますが、エネルギー効率が低いために大型の商船では使われません。




(図-1) プロペラ翼





(写真1)「楔」形のプロペラ

Q:
プロペラの原理を簡単に説明して下さい。

A:プロペラは何枚かのプロペラ翼でできています。プロペラ「翼」というぐらいですから、図-1に示すようにプロペラ翼の断面は飛行の翼と同じです。飛行機はジェットエンジンで前進することで翼の面に垂直な方向の力「揚力」を得て浮かぶことができます。同じようにプロペラは回転することでプロペラの翼の垂直方向の「揚力」を得ます。この揚力の合わさったものが船の推進力になります。もっとも「揚力」の大きさは翼の断面の形や動く速度によって異なります。プロペラは先端ほど早く動きますから、プロペラ翼全体で最も大きな推進力が得られるように翼断面の形を設計すると、スクリューの様なねじれた形になります。



Q:「キャビテーション」とは何でしょうか? 

A:プロペラの先端の背面ではプロペラ回転が早くなると圧力の非常に低い部分ができます。この部分にもともと水に溶け込んでいる空気が分離して気泡ができることをキャビテーションと言い、船にとっては有害な現象です。できた気泡が圧力の高い所に移動して急激に押しつぶされることで、プロペラの表面に強い衝撃力を与えます。この衝撃力が船に振動を起こしたり、プロペラの表面を凸凹に侵食し、場合によってプロペラを折ってしまう場合もあります。

(写真-3)プロペラにできたキャビテーション


Q:
船研ではプロペラの研究を長く行っていますが、これまでにどんな成果があるのですか?

A:船研のプロペラについての長年の研究は、日本ばかりでなく世界に誇れる業績を挙げてきました。昭和30年代には船研の前身である運輸技術研究所において、メーカーと共同で「MAUプロペラ」を開発しました。この開発で作成した設計図表とプロペラ形状オフセットは公表され、造船所等でのプロペラの設計に使われたため、「MAUプロペラ」はその後の日本の商船のほとんどに採用されました。また昭和40年代になるとコンピュータの発達に対応し、船研ではプロペラの性能をコンピュータで計算する理論やプログラムを開発・公表し、現在でも造船所等でプロペラの設計に使われております。昭和50年代からはキャビテーションが大きな問題となり、船研に建設された大型キャビテーション試験水槽で、プロペラの性能試験法とともに、振動・騒音、エロージョン(浸食)等についての計測法の開発を行いました。その後、プロペラに発生するキャビテェーションの形状計測法や実船(実際の船に装備された)プロペラの翼面圧力計測法を世界で初めて開発する等、プロペラの性能や各種の計測法に関して最先端の技術開発を行ってきています。
さらに最近は、50ノット(時速90Km)を越える超高速艇用の高効率プロペラであるスーパー・キャビテーティング・プロペラ(SCP)の理論設計法の開発にも成功しました。


Q:
現在、新型プロペラの研究を行っているということですが、どういう点が新しいのですか?

A:新型プロペラは、トランス・キャビテーティング・プロペラ(TCP)と呼ばれるもので、大型の高速フェリーや高速艇のように、吃水が浅くかつ大馬力で高速巡航する船に用いるもので
す。このような船に従来のプロペラを使うと、大量にキャビテーションが発生するのが避けられず、プロペラが空回りして速力が出ません。これは大量のキャビテーションがプロペラにできることで、あたかもプロペラの形が変わった様になってしまうためです。 
これまでの手法では、このようにプロペラ上に大量にキャビテーションが発生する場合のプロペラの性能を把握することはできません。新型プロペラの研究では、発生したキャビテーションの形を考慮してプロペラの性能を求める手法の開発を行います。つまり、予めプロペラの形が見かけ上、どの程度変わるかを計算してプロペラを設計すれば、効率の高いプロペラができます。しかし、そのためには計算が難しいと言われるキャビテーションを、更に自由自在にコントロールできる技術を開発する必要があります。


Q:具体的にはどのように研究を進めているのですか?

A:従来の翼型プロペラの設計技術とSCPの設計手法をうまく組み合わせる等これまでの研究の成果を活用し、新型プロペラの初期設計プログラムと性能解析法の開発を行っています。


Q:将来、この研究はどんなところにいかされるのでしょうか?

A:新型プロペラが実用化されると、フェリー等はより速く、より快適になると共に、燃費が改善できます。その結果、船の運航費の節約に加え、エンジンからの二酸化炭素の排出量等を削減することができ、地球環境の保全に役立つことが期待されます。