船舶技術研究所ニュース № 23

SRI NEWS

身体障害者・高齢者にも安全・快適な船旅を
-旅客船のバリアフリー化に向けて-



  近頃「バリアフリー」という言葉を、交通手段、住宅等に関して耳にする機会が多くなりましたが、船舶の世界ではどのようになっているのでしょうか?そこで、当研究所で行われている船舶のバリアフリーに関する研究について紹介しましょう。
  船は貨物の運送や漁業の手段であると同時に、旅客にとっても重要な交通手段です。中・長距離フェリーでは多くの乗客を運び、点在する島々を巡る小さな旅客船は、島に住む人々の生活の足となっており、高齢者や身体障害者にとっても利用し易いことが求められています。
  今年5月に、高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律(交通バリアフリー法)が成立し、平成14年5月以降に建造される定期航路に従事する総トン数5トン以上の旅客船には、バリアフリー化のための構造及び設備の技術基準が適用されます。このような動きを背景に、当研究所では、今年度から「旅客船のバリアフリー化に関する調査研究」を開始しました。また、現在就航している定期旅客船1,088隻を網羅したデータベースについても整備を行いました。一口に定期旅客船と言ってもその大きさや構造は様々です。(図1参照)
  さらに、旅客船には、他の交通手段にはない、船体動揺、潮位による岸壁と乗船口との高低差、コーミング (船内への波の打ち込みを防ぐための敷居)や船室内の段差、階段等の船固有の問題点がありますが、それを解決し、かつ、旅客船の多様さに対応できるバリアフリー化の在り方について検討を行っています。
  旅客船におけるバリアフリー化のための具体的課題としてまず取り組んでいるのは、運航時の安全性、快適性を確保するために、車いす利用者の旅客船内における移動の限界を求めることです。そのため、車いすの走行モデルを開発するとともに、車いすを用いて、傾斜台による走行実験(図2参照)を実施しています。また旅客船のバリアフリー化においては、非常時の安全の確保も重要な課題です。しかし、研究は緒についたばかりであり、実際の運航に役立つ研究成果を得るためには、運航関係者、身体障害者、リハビリテーション研究者、行政関係者等と協力して、様々な条件下で動揺下における車いすでの安全な移動、コーミング解消等の各種調査・実験等をさらに実施する必要があります。安全対策を考えるための基礎として、旅客船において身体障害者等がさらされる危険を明らかにすべく、現在、旅客船の事故例の解析を進めています。旅客船の人身事故としては、衝突や波浪による加速度に起因するもの(人間の転倒等)が挙げられます。こうした事故を防止するためには、車いすの固定等についても研究が必要です。また、避難・救命も大切な課題であり、現在、旅客船の事故時における乗組員の行動(避難誘導等)について調査を行っています。今後はさらに、視覚・聴覚障害者への情報提供等の問題にも取り組む予定です。
  旅客船のバリアフリー化に資することを目的として、上に述べたような多岐にわたる課題の解決のため、船舶の構造設計や設備といったハードウェアのみならず、乗組員の非常部署配置等を含めたソフトウェアに係る事柄も含めて研究を行っています。そして、これらの対策が運航関係者の過大な負担とならないようにすることも重要な課題です。



総トン数



図1 内航旅客船の総トン数別隻数分布

図2 車いすを用いた傾斜台による走行実験