DATA SYSTEM RESEARCH GROUP
海運の輸送活動はネットワークとして表すことができます。例えば、コンテナ船の航海はあらかじめスケジュール化されており、図1の吹き出しに示したようなデータとなります。このデータについて、港を点、港間の船の動きを線で表せば同図のようなネットワークが描けます。(ネットワークでは点をノードや頂点、線を辺やリンクと呼ぶこともあります。)ここでは、比較的新しい複雑ネットワークと呼ばれる研究分野の手法を用いて、国際コンテナ船航路ネットワークについて分析した事例を紹介します。
図1 コンテナ船航路データのネットワークによる表現
複雑ネットワークは、2つの論文を契機として発展している研究分野で,現実の世界に実在するネットワークを対象とした分析や分析されたネットワークの性質を再現するようなモデルについての報告が相次いでいます。また,数は少ないですが、交通,輸送に係るネットワークについても分析対象とした報告があります。複雑ネットワークを代表するネットワークが以下に示すスモールワールド・ネットワーク、スケールフリーネットワークです。
スモールワールド・ネットワークは、同期現象(多数のホタルが同期して明滅を繰り返す現象のような)のメカニズムがネットワークのトポロジー(ノードのつながり方)と関連があるのではないか、との推察から提案されたネットワークで、スモールワールド・ネットワークを生成するモデルは、提案者の頭文字をとってWSモデルと呼ばれています。スモールワールド・ネットワークは「6次の隔たり」として知られている性質を持つネットワークですが、「6次の隔たり」とは知人を6人たどっていけば誰にでも到達できる、といった現象を表しています。誰かと話をしていて、思いもよらず共通の知人がいることに気づくと、「世界は小さい」、「世間は狭い」という表現をすることがありますが、まさにこの現象を表す名称です。例えば、交差点ですれ違う見知らぬ人も、自分の友達、友達の家族、友達の家族の上司・・・といった具合に続けていくと、平均6人程度先で、今すれ違った人に到達できるということを意味しています。世界の人口に対して介する人数が極端に小さく、人が持つ感覚と大きくズレているため、興味深い現象です。
図2は規則的に繋がったネットワーク(左)とそのうちの何本かのリンク(中)あるいは多くのリンク(右)をでたらめに繋ぎ直したリンクで構成されたネットワークを示していますが、この図がなぜ6次の隔たりのような現象が起こるのかを説明してくれます。
図2 スモールワールドネットワークの説明図
説明を進める前に、このネットワークの特徴を捉えるために2つの指標を示します。ひとつは平均頂点間距離、L、ふたつ目はクラスター化係数Cで、図3はこの指標の説明のためのネットワークです。(ここで気にするのは、リンクを介したノードの繋がり方であって、ノードの位置やリンクの長さ、形は意識しません。)
図3 指標の説明図
平均頂点間距離は「6次の隔たり」の6を表したような指標です。クラスター化係数は、友人関係のネットワーク(人をノード、友人関係をリンクで表す)にあてはめて見ると、自分の友達同士が友人関係にある場合、大きな値となるため、ネットワーク上の接続の密度のような指標となります。(自分のクラスター化係数が高いと、自分が持っている話題は、自分の周りの多くの人に伝わりやすいことが実感されることがあると思いますが・・)
図4は図2に示したランダムに繋ぎ直したリンクの割合を横軸のpとして表しています。pが大きくなると(でたらめに張られたリンクが多くなると、)LもCも減少しますが、Lの方がCよりも早く減少し、pの広い範囲で、大きなC、小さなLとなる状態が維持されることが分かります。これが6次の隔たりとよばれる現象のメカニズムとして説明されているわけです。
スモールワールド・ネットワーク上での情報が伝わる現象をイメージすると、情報がネットの隅々にまですばやく行き渡りやすい性質を持つことが期待されます。この状態が知人関係といったネットワークで実現されているわけですが、何かの商品を宣伝しようとする人にとっては、その情報が行き渡りやすいので、ありがたいネットワークです。しかし、インフルエンザの流行を考えると、ウィルスが素早くネット上に拡がることになり、良くないネットワークと解釈することもできます。そのため、ネットワーク上の対象に応じて、良し悪しの判断が左右されることになります。
図4 平均頂点間距離L、クラスター化係数Cとでたらめに張りなおされたリンク数の割合pの関係
スケールフリーネットワークは、インターネットのホームページが(ハイパーリンクにより)形成するネットワーク上に発見されたネットワークで、スケールフリーネットワークを生成するモデルは提案者の頭文字をとってBAモデルとよばれています。BAモデルは、優先的選択(Preferential Attachment)と呼ばれるルールにより時間進行とともに成長するネットワークを生成します。その成長過程を模式的に図5に示します。時間の進行とともに、黒いノードがネットワークに繋がっている白いノードに繋がりますが、ネットワークのどの白ノードと繋がるのかは、白ノードの次数に比例した確率で決められます。すなわち、大きな次数を持つネットワーク上のノードは新規に追加されるノードとリンクで繋がれやすくなることを意味しています。(実際にインターネット上でホームページを開設する場合、同じ分野の無名なサイトよりも、有名なサイトと直接リンクが張られれば、ヒット数を稼げると期待するはずです。)
図5 優先的選択ルールの模式図
スケールフリーとは代表的な尺度(スケール)が無いことが理由となって付けられた名ですが、これは次数分布のことを意味しています。図6はBAモデルにより生成された10000ノードのネットワークの次数分布です。この図は、横軸に次数k、縦軸にその次数となるノードの頻度分布(ノード数)で、両対数グラフ上に描かれています。この図で、どこかに山頂のようなピークがあれば、そこが代表的なスケールと解釈することができますが、この図は右肩下がりの分布となっていて、ピークがどこにあるのか判断できません。図中の直線は、k-3に比例した線を示していますが、これはこのモデルを理論的に解析して得られた結果で、プロットされた散布図の傾きとほぼ同じになることが分かります。
図6 スケールフリーネットワークの次数分布
スケールフリーネットワークが持つ性質の例としてよく挙げられるのは、頑強性です。つまり、ノードを除去することでネットワークの一部を破壊しても、(除去されなかった)2つのノードを適当に選ぶと、ネットワーク上で接続されている(2つのノードを結ぶ経路が存在する)可能性が大きいという性質です。ただし、この除去されるノードの選択の仕方がでたらめな場合には、このような性質があるのですが、ハブノードのように大きな次数となるノードを選択して除去していくと、ネットワークは簡単に分断されてしまう性質を持っています。
ここでは、図1に示した国際コンテナ船航路のサービス情報(寄港パターン)をネットワークとして取り扱い、ここまで説明してきた複雑ネットワークの観点から分析を進めます。なお、コンテナ船のスケジュールデータはContainerisation International Onlineが提供していた2010年4月のデータを用いました。
図1はコンテナ船航路を模式的に示しています。コンテナ船航路は、バス路線や鉄道と似ていて、あらかじめスケジュールが公開されています。ただし、電車やバスを利用する人は往復する移動パターンが大半であるため、バスや鉄道の機材の動きも往復するパターンが多いですが、コンテナ船の場合は、図1のように往路、復路で異なる港を巡るような循環するパターンが大半です。これは、荷物の動きが人のように往復せず、ある向きの需要が多いといった歪んだ構造となっているためです。
また、コンテナ船のネットワークはハブ・スポーク型のネットワークとして捉えられています。ハブ・スポークネットワークは支線航路により、小さい需要をハブ港に集約することで大きな需要とし、その大きな需要を大型のコンテナ船で長距離幹線輸送することにより、コンテナ1個あたりに係るコストを抑えます。つまり、長距離大量輸送を大型船で行うことによるスケールメリットを活かした輸送システムで、貨物や人の輸送システムに限らず生体システムにも見られる普遍的な輸送ネットワークです。
データにあるすべてのコンテナ船航路をネットワークのリンクとして世界地図上に描くと図8のようになります。この図で描いた港間リンクは、海上を通るルートにこだわらず、地図上を直線で結んでいます。大陸の海岸線が隠れてしまうほど、多くの航路が世界中に張り巡らされていることがわかります。
図8のようにリンク数が多くなると、ネットワークを描いても何が描かれているのかわかりづらくなる場合が多いです。その場合、図7に示すようなエッジバンドルと呼ばれる手法が用いられることがあります。この図は、両端にある2つのノードの位置が近いリンクを束ねることで、リンク数が多いネットワークを見やすくするための手法です。
図7 エッジバンドルのイメージ
図9はエッジバンドルを利用し、さらにリンクの重なり合う度合いが大きいほど白色を強調する処理を施してあります。エッジバンドルを施した図9は図8よりもネットワークの構造が見やすくなっており、北米西岸-北東アジア、欧州-北米東岸、北東アジア-シンガポール経由-欧州、という3大航路や、アジア域内、欧州域内、カリブ海域内といった地域的なネットワークも多くのリンクで接続された強い繋がりとして浮かび上がっています。
図8 国際コンテナ船航路ネットワーク(全港間リンクを直線で描画)
図9 国際コンテナ船航路ネットワーク(エッジバンドルによる加工済み)
国際コンテナ船航路のネットワークについて上に示したスモールワールド、スケールフリーネットワークの分析を行うと、表1、図10の結果が得られました。表1で、Nはノードとなる港の数、Mはリンク数、< k >は平均次数、L、Cは前述の平均頂点間距離、クラスター化係数、Dはネットワークの直径とよばれ、最大のLijを意味します。同表には同じ規模のランダムネットワーク(図2の右図のような状態)の結果も示しました。これより、コンテナ船航路が形成するネットワークはランダムネットワークと比較して、同等のL、大きなCとなり、スモールワールトネットワークとしての特徴を示しています。L=3.8とは、平均すると2つの港が3.8航海を挟んで繋がっており、D=15は、最大でも15航海で繋がることを意味しています。
また、図9には次数分布を示します。次数分布は両対数グラフ上で直線的な減少傾向を示すため、スケールフリーネットワークのようなべき乗分布に近いようですが、次数10あたりを境に傾きが若干異なるようです。異なる傾きが出現する意味は分析を進めなければなりませんが、大陸を通過できない海運ネットワークの特性が影響している可能性もあります。
表1 国際コンテナ船航路ネットワークとランダムネットワークの比較
図10 コンテナ船航路ネットワークの次数分布
これより、国際コンテナ船航路が形成するネットワークはスモールワールド、スケールフリーネットワークの特性を持つ可能性が大きいことが分かります。すなわち、少ない航海回数で世界中にコンテナを輸送できる機能的な性能を持つ反面、ハブ港の機能不全はネットワークの分断といったレベルの大きな障害をもたらす可能性があるといった性質です。