ENVIRONMENT ASSESSMENT RESEARCH GROUP
環境影響評価研究グループでは、船舶による環境負荷の大幅な低減、社会的な合理性を兼ね備えた環境規制の実現、および国際ルール形成への戦略的な関与を通じた海事産業の国際競争力の強化のため、船舶の運航時における環境負荷低減に資する基盤的技術および環境影響評価手法等に関する研究開発に取り組んでいます。
船舶に起因する環境負荷を正しく評価した上で社会合理性のある適切な規制を構築するためには、環境影響評価手法の構築が不可欠です。環境影響評価研究グループでは、環境負荷を正しく評価する技術、環境負荷を低減するための技術の開発を行うとともに、科学的根拠に基づいた国際ルール策定を主導するための研究を進めています。主な研究内容は下記のとおりです。
人為起源とする大気汚染物質の段階的規制強化を受け、主要な排出源の特定および優先すべき排出量削減区分などを明らかにする役目を担う、船舶起源の大気汚染物質の排出量データ整備方法を高度化してきました。船舶の機関から発生する排ガスに含有される硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)、粒子状物質(PM)は、大気環境を悪化させるのみならず、人体の健康に影響を及ぼす大気汚染物質です。環境影響評価研究グループでは、船舶位置情報システム(AIS)からの発信データを用いた大気汚染物質排出量解析システムの開発および大気質シミュレーション計算を行うことで、上記大気汚染物質の船舶からの放出分布、移流拡散による分布変化、および全地球規模における大気汚染全体に対する船舶影響の程度を評価しています(例:図-1)。これらの研究成果は、科学的合理性のある大気規制指標の提案に寄与します。
図-1 船舶に起源するPM2.5の濃度分布の寄与率
(参考文献)
Yokoi, T. et al., Proceedings of Advanced Maritime Engineering Conference 2016 of Pan Asian Association of Maritime Engineering Societies (PAAMES) 221-228, (2016).
船舶が衝突・座礁のような海難事故を起こして貨物油や燃料油が流出した場合、流出油の時々刻々の分布変化、あるいは海岸に漂着する時刻や量について把握するとともに、海洋汚染被害を最小化するための方策が重要です。環境影響評価研究グループでは、流出油に対して油処理剤を適用して効率的に分散処理するための基礎研究や、荒天時などの厳しい海象条件でも油回収性能の高いオイルフェンスなどの開発研究を行ってきました。
最近では、座礁船の燃料タンク内油が海洋へ流出することを防止すべく、低温に晒され流動性の低下した油を効率的に回収するための手法の開発にも取り組んでいます(図-2)。
図-2 重油のエマルション化による流動促進化及び回収技術の開発
(参考文献)
Ma, X. et al., Experimental Study on Pressure Drop Reduction in Pipe Line Flow of Heavy Fuel Oil by Adding Surfactant Aqueous Solution, The 11th Int. Conf. Multi. Flow, #246, (2023).
海洋環境に影響を及ぼす物質の拡散に関しては、拡散シミュレーションシステムを高度化し、船舶が及ぼす影響のみならず、外的要因が船舶に与える影響に関する評価技術にも着目してきました。図-3は、2021年8月の海底火山福徳岡ノ場の噴火に伴い、海洋環境中へ放出された砕屑物の、放出源から同年12月末までの移動軌跡のモデルシミュレーション結果です。砕屑物が航行中船舶の内燃機関冷却用海水取込口を閉塞させ、航行不可能に陥らせる事象が実際生じているところ、当該モデルシミュレーションによる予測は、事故対策あるいは予防策の検討に役立てることができます。
図-3 海底火山により海洋環境中へ放出された砕屑物の移動軌跡
(参考文献)
Asami, M. et al., Drift prediction of pyroclasts released through the volcanic activity of Fukutoku-Okanoba into the marine environment., Mar. Pollut. Bull. 186, 114402, (2023).
国際海運において、船体外板に付着した汚損生物の越境移動が、移動先の海域に生息する生物や生態系に対して悪影響を及ぼす懸念から、国際海事機関(IMO)において船体付着生物管理に関するガイドラインが審議されています。現在、船体への生物付着防止のための効果的かつ主要な防汚技術は、船底防汚塗料とされています。適切な船体付着生物の管理には、船体への効果的な防汚塗料の選択および施工が望まれます。そこで当グループでは、この防汚性能を評価するための標準化された試験法を開発し、国際標準化機構(ISO)の21716シリーズとして規格化しました。さらに、藻類を用いた船底防汚塗料の性能評価試験法として、分光計測技術による付着藻類の簡易検出手法を検討し、色空間パラメータを用いた藻類付着量の定量方法を構築しました(図-4)。
図-4(1) 船底防汚塗料性能評価試験法の概要
図-4(2) 船体水中洗浄の調査研究
(参考文献)
Kojima, R. et al., A method for screening antifouling paints using the CIELAB coordinates of Ectocarpus sp. under a flow-through condition, Biofouling, 39, (2023).
舶用機関から放出される粒子状物質(PM)の計測事例は、装置が大掛かりで持ち運びが困難であることから、多くありません。そこで、舶用機関のPM排出特性の把握を目的として、可搬式PM捕集装置を開発しました。この装置と、既存のJIS B 8008-1:2000準拠の装置の性能比較試験をし、両装置が同等であることを確認しました。可搬性の優位さを活かし、外部機関と連携するとともに、高所や屋外での計測も含めてPM計測の実績を充実させてきました。これら計測結果に基づき、PM排出量の低減方法に関して検討を進めています。
(参考文献)
大橋、中村、PM計測における排気採取位置の影響、日本マリンエンジニアリング学会誌、第54巻、第4号、644-649, 2019.
図5.可搬式PM捕集装置の設置の様子(スクラバー出口)
ブローバイガスとは、クランクケースから排出されるガスであり、排ガス・予混合気・蒸発した潤滑油・空気・燃焼過程で生じるガスの混合物です。主にピストンとシリンダライナの間隙から流入する排ガス、燃焼過程で生じるガス、予混合気で構成されます。自動車では吸気に再循環することで排出を抑制しますが、舶用機関ではこれまで着目されてきませんでした。GHG削減に向けて、水素やアンモニアの燃料利用が進む中で、可燃性のある水素、あるいは毒性のあるアンモニアがブローバイガスとしてクランクケース内に存在することの危険性を懸念して調査を実施しました。都市ガスで運転するガスエンジンに対して水素を混焼した際のブローバイガスを分析した結果、水素熱量混合率50%において、ブローバイガス中の水素が約4.0%に到達することが明らかになりました。この濃度は水素の可燃下限界(空気と混合した可燃性ガスが着火によって燃焼する最低濃度)であるため、水素の濃度を低下させる工夫が必要と考えられました。安全対策として、水素混焼時には、クランクケース内を安全に保つために、換気によってブローバイガスを薄め、水素の濃度が可燃下限界を十分に下回るようにしています。今後は、アンモニア混焼時のブローバイガスについても組成や濃度を明らかにし、安全性に資する研究を進めていくことを予定しております。
(参考文献)
中村、市川、リーンバーンガス機関におけるブローバイガスの成分分析および水素混焼時のクランクケース内ガス可燃性評価、海上技術安全研究所報告、第22巻、第3号、327-340, (2022).
図6.ブローバイガスの概念図
地球温暖化対策の一環として、ディーゼル機関の吸気にアンモニアを混合して燃焼させる研究を行い、これまでに排気中の温室効果ガスが低減されることを示してきました。ここでは、人体に健康影響を及ぼすとされている粒子状物質(PM)の排出特性の変化を紹介します。PM濃度は、発熱量でアンモニアを70%加えた時(70%NH3)に、軽油のみの燃焼時の1/3程度に減少することがわかりました。また、PMの成分分析をおこなったところ、アンモニア混合率増加に伴うPM濃度減少の要因は、元素状炭素の減少によるものであり、70%NH3時のPMの主要成分は有機炭素であることがわかりました。
(参考文献)
大橋、中村、仁木、吸気へのアンモニア混合がディーゼル機関のPM排出に与える影響、第94回(令和6年)マリンエンジニアリング学術講演会論文集、日本マリンエンジニアリング学会、OS3-8、175-176。
図7.吸気へのアンモニア混合がディーゼル機関のPM排出に与える影響