STUDY ON SHIP FRICTION RESISTANCE REDUCTION BY AIR BUBBLES
船舶の抵抗を空気で減らすというアイデアは、古くから存在しています。最も古い研究のひとつでは、19世紀に船底に「ふいご」で空気を送り込むという実験が行われていました。1940年代には、船底全体を空気の膜で覆う「気膜法」の研究も行われました[1, 2]。しかし、気膜法には、高速航行時や船体の動きによって気泡と水の境界が不安定になり、空気の膜を安定して維持するのが難しいという問題がありました。これにより、特殊な条件を除いて広く実用化するには至りませんでした。その後、より実用的な技術として、「マイクロバブル(微細な気泡)」を使って摩擦抵抗を減らす方法が研究されるようになりました[3, 4]。
海上技術安全研究所(旧船舶技術研究所を含む)では、1995年から気泡を用いた摩擦抵抗低減技術の研究を本格的に進めてきました。当初は、意図的に小さな気泡を発生させて抵抗を減らすことを目指していました。しかし、長さ3メートルの模型船を約1メートル毎秒で曳航する実験では、発生させた小さな気泡がすぐに合体してしまい、期待したような抵抗低減効果を得ることができませんでした[5]。この課題を克服するために、実船と同程度の流速条件で気泡の効果を試験できる小型の高速流路装置を開発し、そこで摩擦抵抗の低減効果を確認することに成功しました[6]。次の課題は、実船スケールにおける現象の把握と、気泡発生方法の確立でした。この課題に対しては、海上技術安全研究所の400m水槽において、50m長尺平板模型を用いた水槽試験を行いました。ほぼ実船と同じ長さスケールの模型を、実船と同等の速度で曳航した試験により、実船に近い状態で気泡による摩擦抵抗低減効果を確認することができました。また、船底に吹き出した気泡は、吹き出し部の形状によらず、船底の境界層内のせん断により引きちぎられて気泡になることがわかりました。気泡の多くはミリメートルサイズであり、気泡のサイズや発生方法を細かく制御しなくても、十分な摩擦抵抗低減効果が得られることくを確認しました[7]。
2008年に実施した内航の大型セメント運搬船「Pacific Seagull」で実船試験において、約5%の省エネ効果を確認し、世界で初めて空気潤滑システムの有効性を示しました[8]。その後、各社が空気潤滑システムを搭載した船舶を建造しています。
図1 400m水槽、50m長尺平板模型試験の様子
図2 気泡流の様子(Vm = 7.716 m/s、tb = 6 mm)
空気潤滑法の効果をより高めるために、空気の吹出方法を制御した高度空気潤滑法(AdAM, Advanced Air Lubrication Method)を開発しています。新技術を実装した第二世代となる高度空気潤滑法では、周期的に空気を吹き出す周期吹出法を採用しており、従来の連続吹出に比べ壁面近傍の局所ボイド率(単位体積の気泡流中に気泡が占める体積割合)のピーク値が高くなり局所摩擦抵抗低減率が高くなることを確認しています[9]。これにより、従来の空気潤滑法と比較して、摩擦抵抗低減効果が約8%向上しました。
また、実運航時には、喫水・姿勢の変化など船体の状態や、気象・海象の影響による船体の運動などにより、空気吹き出しを適切に制御しないと省エネ効果の低下を招きます。そこで、空気潤滑システム搭載船の実海域における省エネ効果のモニタリングを行い、そのデータを解析することにより、船体の状態・気象海象条件に対応した空気吹き出し制御を行うことで、実運航時の省エネ効果の低下を防ぎ、実質的な省エネ効果の向上を目指しています(従来システムに対し燃費換算で約5%)。
※AdAMはナカシマプロペラ株式会社が「ZERO(Zone 0 ESD for hull Resistance Optimized by AdAM)」として販売しています。
図3 連続吹出(左)、周期吹出(右)
図4 長さ36mの長尺模型を用いた高度空気潤滑法の評価試験の様子(曳航速度8m/s)
11秒頃から連続吹出、22秒頃から周期吹出
図5 36m長尺平板模型試験の結果 摩擦抵抗低減率の比較(曳航速度8.0m/s)(左)空気吹出間隔概念図(右)
ta=Qa/(Ba・V)、ただし、V:船速、Ba:吹出幅、Qa:投入空気量
図6 AdAMの空気吹出制御システム概念図
空気潤滑法では、各船舶に対して空気吹き出し部の最適な配置設計が求められます。そこで、数値シミュレーションを用いて、気泡が船底をどのように覆うのか、また気泡に覆われた船体と推進器(プロペラ)との干渉影響について解析を行っています。本解析により、船体抵抗の低減と推進効率の向上を同時に実現する最適なシステムの構築を目指しています[10][11]。
図7には、空気の吹き出し位置を変更した条件における船体表面の局所摩擦抵抗係数を示しています。吹き出し部の後方では摩擦抵抗が小さくなっており、吹き出し位置の違いによって、抵抗が低減する領域に差が生じることが確認できます。図8には、ボイド率の等値面と吹き出し部からの流線を示しており、気泡流が船底を覆っていることが分かります。図9は、気泡の有無によるプロペラ面の流速分布を示しており、気泡の有無によるプロペラ面の流速変化を予測することができます。図7には、空気の吹き出し位置を変更した条件における船体表面の局所摩擦抵抗係数を示しています。吹き出し部の後方では摩擦抵抗が小さくなっており、吹き出し位置の違いによって、抵抗が低減する領域に差が生じることが確認できます。図8には、ボイド率の等値面と吹き出し部からの流線を示しており、気泡流が船底を覆っていることが分かります。図9は、気泡の有無によるプロペラ面の流速分布を示しており、気泡の有無によるプロペラ面の流速変化を予測することができます。
図7 空気吹き出し位置の違いと局所摩擦抵抗係数の比較
図8 ボイド率の等値面と流線(図7のパターン①)
(a)気泡なし
(a)(b) 気泡あり(図7のパターン①)
図9 伴流分布
[1]Edstrand, et al., The Resistance of a Barge with the Bottom Air Lubricated, Meddelanden fran Statents Skeppsrovningsanstalt, Nr. 12, (1949)
[2]Basin, et al., Ship Boundary Layer Control, Upravleniye Pogranichnym Sloyem Sudna,Leeningrad, (1968)
[3]McCormick, M.E. et al., R., Drag Reduction of a Submersible Hull by Electrolysis, Navel Engineers Journal, 85-2(1973), 11-16.
[4]Madavan. et al., Measurement of Local Skin Frictionin a Microbubble modified Turbulent Boundary Layer, J. Fluid Mech. 156(1985), 237-256.
[5]高橋孝仁ほか :平底船を用いた微小気泡による船体抵抗低減実験, 第66回船研講演会, 1995.
[6]Kodama et al.(2000): Experimental study on microbubbles and their applicability to ships for skin friction reduction, International Journal of Heat and Fluid Flow, Vol.21
[7]Kawashima et al. (2007), A Research Project on Application of Air Bubble Injection to a Full Scale Ship for Drag Reduction, Proceedings of FEDSM2007
[8]児玉ら(2008): 大型セメント運搬船を用いた空気潤滑法による省エネ実船実験(結果と解析),日本船舶海洋工学会講演会論文集第6号
[9]濱田ら(2020),20m長尺模型を用いた空気潤滑法によるボイド率分布と局所摩擦抵抗の低減に関する研究, 日本船舶海洋工学会講演会論文集, 第30号
[10]D. Arakawa et al.: Numerical study on the influence of air bubbles around the ship hull on the propulsive efficiency, J. Japan Soc. Naval Arch. Ocean Eng., vol. 38, pp.1-15, 2023.
[11]新川大治朗ほか : 空気潤滑システムの吹出パターンが推進性能に与える影響, 日本船舶海洋工学会講演会論文集, 第38巻, 2024