基盤研究B
「鈍い細長物体の形状と流体力特性に関する基礎的研究」

RESEARCH OVERVIEW

基盤研究B「鈍い細長物体の形状と流体力特性に関する基礎的研究」
(2008-2010,科学研究費補助金)(運動性能研究グループ)

研究代表者 上野 道雄
期間 H20~H22


要旨

 船舶の操縦性能を設計段階で正しく評価することは、航路内での大型船の衝突事故を防止する上で大変重要な課題です。日本は造船大国として、これまでに船舶の操縦性能に関する研究を主導的に実施して来ました。これらの研究成果は実験的なデータベースの整備や船の長さや幅、喫水などの主要寸法からその流体力特性を推定するための実用的な推定式の形にまでまとめ上げられているほか、理論計算手法、数値流体力学(CFD)を用いた方法などが開発され、安全で経済的な船の開発に貢献してきました。

 しかし、これまでのほとんどの研究はプロペラと舵が一機ずつ装備された所謂1軸船を対象としたものでした。それは、建造される船のほとんどが1軸船であったことと、プロペラを2機装備した2軸船は操縦性能の面で問題となることはまずなかったからです。針路不安定な船は舵を中央に固定したままで直進することができず絶えず舵を操作する必要があり、その度合いが許容範囲を超える場合は船の安全性が脅かされることになります。近年、地球環境保全の観点から船の燃料消費の削減が社会的に要請されていることに伴ってポッド推進器を装備した船が開発されているほか、プロペラと舵の設計の自由度が大きい2軸船型が省エネの観点から見直されようとしています。ところが、新しく開発された船型の中には付加的なフィンなどを装備しなくては極端に針路不安定になってしまう船型なども見られるほか2軸船型に関しては系統的な資料は見あたらないだけではなく基礎的な理論計算手法の研究もほとんどありません。これらの背景には新しく設計しようとする船型とその流体力特性の関係が基礎的な物理現象の把握という意味合いから十分明らかになっていないことがあると考えられます。

 そこで、本研究では上記のような状況に対処するために1軸船型と2軸船型、ポッド推進器装備船型(バトックフローライン船型:スケグのような突起をもたず滑らかに変化する形状)を対象にして船型と流体力特性の関係を明らかにします。これら3船型は図に示すようにそれぞれ特徴的な船尾形状をもっています。

 プロペラシャフトが入る部分に対応してスケグ状の部分(図中赤矢印部分)がそれぞれ1軸船型では船体中心線に沿って1カ所、2軸船型では船体中心線を挟んで2カ所にみられます。一方、ポッド推進器装備船型ではこのようなスケグ状の形状は見られません。本研究ではこれらの典型的な3船型を取り上げてこれらの流体力特性を実験的および理論的に比較検討することで形状と流体力特性の基本的な関係を系統的に把握することを目的とします。現象の理解のために母船型となる3船型だけではなくこれを系統的に変更した船型についても推定計算によって調べて、多様な船の性能設計や性能改善に役立つ形で考察を加えてとりまとめます。具体的には以下の3項目を実施します。

  1. 船首形状が同じで船尾形状のみが1軸船型、2軸船型、ポッド推進器装備船型の3種類の船型の流体力特性を水槽実験によって把握します。水槽実験では模型船を斜航・旋回させて流体力を計測するCMT(Circular Motion Test)試験を実施して流体力特性を計測します。
  2. 理論計算によってこれら3船型の流体力特性を求め、実験結果と比較検討します。実験結果と計算結果の差が予想される2軸船型を中心に計算手法の改良をおこないます。計算手法は細長体理論による方法と数値流体力学(CFD)を用いた方法を取り上げます。
  3. 改良した計算手法を用いてスケグ状形状の位置や大きさを変化させた場合や船体横断面積の分布形状を変化させた場合の流体力特性の変化を系統的に調べます。実験結果とこれら系統的な推定計算結果を船型との関連で整理した上で考察を加え、船としての性能改善策の指針としてとりまとめます。

図.1 細長体理論に基づく操縦運動中の渦構造の計算結果(1軸船型, コンテナ船)
(参考)
 細長体理論とは、船体を細長い物体と見なして輪切りにし、2次元断面内の問題を解いて、解を船体長さ方向に積分する事で船体全体に働く流体力等を計算する理論計算法です。理想流体(粘性と圧縮性がない流体)を仮定した理論計算法で、計算速度が早く実用性の高い計算法です。

図.2 CFD計算手法による定常斜航状態の流場計算結果(1軸船型, タンカー)
(参考)
 CFDとはComputational Fluid Dynamics (数値流体力学)の略称です。CFDでは粘性を考慮した流体の基礎方程式(ナビエストークスの方程式)を数値的に解いて解を求めます。計算時間はかかりますが、粘性の影響を考慮したより詳細な解析が可能な計算法です。

図.3 走行副台車とCMT試験装置