基盤研究B
「損傷船舶の転覆リスク評価手法に関する研究」

RESEARCH OVERVIEW

基盤研究B「損傷船舶の転覆リスク評価手法に関する研究」
(2008-2010,科学研究費補助金)(運動性能研究グループ)

研究代表者 田口 晴邦
期間 H20~H22


要旨

 船舶が衝突・座礁事故を起こすと、外板が損傷して破口が生じ、その破口から海水が船内へ浸入して滞留するとともに、通路等を通じて隣接した区画への浸水が発生し、遂には転覆・沈没に至る場合があります。転覆・沈没に至る過程を考えると、船内の滞留水量の時間変化が最も重要ですが、滞留水量は船の平均姿勢の変化や波浪による船体運動によって変化し、また、逆に滞留水自体が船の平均姿勢変化や運動に影響を及ぼします。そのため、損傷した船舶が転覆・沈没するリスクを合理的に評価するためには、これらの要素を精度良く推定する必要があります。

 損傷した船舶の安全性に関しては、国際条約(海上人命安全条約)や国内規則(船舶区画規程)で安全基準(損傷時復原性基準)が定められており、当該基準を満足する船舶は、損傷状態においても一定レベルの安全性が確保されています。しかしながら現状の安全基準は、主に損傷、浸水後の最終的な平衡状態を準静的に想定して設定されており、滞留水量の時間変化や滞留水が船の挙動に及ぼす影響を十分考慮したものになっていません。そのため、広い車両甲板に浸水した場合に滞留水が船体運動に大きな影響を及ぼすRo/Ro船や、船内に多数の区画を有し損傷後の隣接区画への浸水が安全性に大きな影響を及ぼす巨大旅客船に対しては、物理現象に即したより合理的な安全性評価(転覆リスク評価)を行うために、模型実験や数値シミュレーションを使用した検討が各国で行われています。

 このような状況に対応して、国際試験水槽会議(ITTC)では、安全性評価結果の整合性を確保するために、標準的な模型実験法を定めるとともに、損傷状態の船舶を対象に波のない平水中及び波浪中における滞留水量の時間変化や船体運動に関する数値シミュレーションコードのベンチマークテストを3度実施しています。その結果、現状使用されている計算コードでは滞留水量の時間変化、船体運動とも計算コード間のばらつきが大きく、また実験データとの一致度も十分ではないことが明らかになりました。ITTCでは、このような現状を改善するためには、破口からの浸水や通路等を通じた隣接区画への浸水の算定に用いる流量係数の設定や浸水過程のモデル化について詳細な検討を行う必要があるとしています。

 そこで、本研究では、浸水現象の定量的な把握を容易にするため船体や船内区画等を単純化した模型を用いた水槽実験を行って、(1)破口からの浸水過程及び(2)船内滞留水による隣接区画への浸水過程を適切にモデル化します。また、それを基に実際の船舶の損傷時における浸水量の時間変化や船体運動を精度良く推定できる数値シミュレーションコードを開発し、損傷した船舶の波浪中における転覆リスクの合理的な評価手法の確立を目指します。


破口が開いた船舶の波浪中横揺試験